はじめに
【筆者】
未詳
【成立】
平安時代〔平安時代は794~1185年ごろ〕
【ジャンル】
歌物語
【特徴】
歌とそれにまつわる話を交えて書かれる歌物語。全125段からなる。多くの段で「むかし、男」の冒頭句からはじまる。その男は、実在した在原業平がモデルではないかといわれている。
個人的にすごくキレイな、プラトニックな物語だと思います。
この世界観を感じてもらえたらうれしいです。
要約
昔、左京の五条大路に、皇太后が住んでいた屋敷の西側に住む人(藤原高子)がいた。この女を、かねてからの願い通りにはできない(成就できない恋愛)で、愛情の深い男が訪ねていた。しかし高子は他所に行ってしまい、男は女のもとに行くこともできないのでつらい思いをしていた。翌年、男はもとの屋敷を訪ねるが、屋敷は去年とは似ても似つかない様子なので、男は「私の気持ち以外はすべて変わってしまったのか」という和歌を詠み、泣きながら帰った。
解説
本文
昔、東の五条に、大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。それを、本意にはあらで、心ざし深かりける人、行き訪ひけるを、睦月の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。あり所は聞けど、人の行き通うべき所にもあらざりければ、なほ、憂しと思ひつつなむありける。
またの年の睦月に、梅の花の盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、居て見、見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷に、月の傾くまで臥せりて、去年を思ひ出でて詠める、
と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
〔注付〕
昔、東の五条※1に、大后の宮※2おはしまし☆1ける西の対に、住む人※3ありけり。それを、本意☆2にはあらで、心ざし☆3深かりける人、行き訪ひけるを、睦月☆4の十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。あり所は聞けど、人の行き通うべき所にもあらざりければ※4、なほ、憂しと思ひつつなむありける。
またの年の睦月に、梅の花の盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、居て見、見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる☆5板敷に、月の傾くまで臥せりて、去年を思ひ出でて詠める、
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にしてと詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
補足・注
※1東の五条…左京の五条大路。
※2大后の宮…皇太后(天皇の生母)。ここでは藤原順子。
※3西の対に、住む人…寝殿の西の対に住む人。のちの清和天皇の后で、高子のこと。順子の姪にあたる。
※4人の行き通うべき所にもあらざりければ…高子は宮中に嫁いだので、並みの人では会いにいけない。
重要単語・文法
☆1おはしまし…「あり」「居り」の尊敬語。「おはす」に「ます」がついたもの。サ行四段活用。
☆2本意…かねてからの願い。ここでは、その願い通りにはいかないでという意味。
☆3心ざし…愛情。
☆4睦月…陰暦の正月。
☆5あばらなる…がらんとしている。隙間がある。ぼろぼろの。
現代語訳
(現代語訳のみ)
昔、左京の五条大路に、皇太后が住んでいた屋敷の西側に住む人(藤原高子)がいた。その女を、かねてからの願い通りにはできない(=思うように成就できない恋愛であった)が、愛情の深い男が、訪ねていたが、一月の十日ごろに、(高子は)他所に行ってしまった。(男は高子の)居場所(=宮中だということ)を聞くけれど、人の行けなさそうなところなので、やはり、つらいと思って過ごしていた。
翌年の一月、梅の咲き誇るころに、(男は)昨年を恋しく思って、(女が越す前にいた場所で)立って見て、座って見て、(いっそう)見るけれど、昨年の(様子とは)似ているはずもない。ひたすら泣いて、がらんとした板の間に、月が傾くまで横になって、去年のことを思い出して詠んだ。
月は(昔のままでは)ないのでしょうか。春も昔のままではないのでしょうか。私だけは昔のままなのに。
と詠んで、夜がほのぼのと明るくなるころに、泣きながら帰った。
(現代語訳と本文)
昔、左京の五条大路に、皇太后が住んでいた屋敷の西側に住む人(藤原高子)がいた。その女を、かねてからの願い通り
昔、東の五条に、大后の宮おはしましける西の対に、住む人ありけり。それを、本意ににはできない(=思うように成就できない恋愛であった)が、愛情の深い男が、訪ねていたが、一月の十日ごろに、(高子は)他所に
はあらで、心ざし深かりける人、行き訪ひけるを、睦月の十日ばかりのほどに、ほかに隠行ってしまった。(男は高子の)居場所(=宮中だということ)を聞くけれど、人の行けなさそうなところなので、やはり、つらいと思っ
れにけり。あり所は聞けど、人の行き通うべき所にもあらざりければ、なほ、憂しと思ひつて過ごしていた。
つなむありける。
翌年の一月、梅の咲き誇るころに、(男は)昨年を恋しく思って、(女が越す前にいた場所で)立って見て、座って見て、(いっそう)見るけれど、
またの年の睦月に、梅の花の盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、居て見、見れど、昨年の(様子とは)似ているはずもない。ひたすら泣いて、がらんとした板の間に、月が傾くまで横になって、去年
去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷に、月の傾くまで臥せりて、去年のことを思い出して詠んだ。
を思ひ出でて詠める、
月は(昔のままでは)ないのでしょうか。春も昔のままではないのでしょうか。私だけは昔のままなのに。
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして
と詠んで、夜がほのぼのと明るくなるころに、泣きながら帰った。
と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
(現代語訳と本文)〔注付〕
昔、左京の五条大路に、皇太后が住んでいた屋敷の西側に住む人(藤原高子)がいた。
昔、東の五条※1に、大后の宮※2おはしまし☆1ける西の対に、住む人※3ありけり。その女を、かねてからの願い通りにはできない(=思うように成就できない恋愛であった)が、愛情の深い男が、訪ねていたが、一月の十日ご
それを、本意☆2にはあらで、心ざし☆3深かりける人、行き訪ひけるを、睦月☆4の十日ばろに、(高子は)他所に行ってしまった。(男は高子の)居場所(=宮中だということ)を聞くけれど、人の行けなさそうなところなの
かりのほどに、ほかに隠れにけり。あり所は聞けど、人の行き通うべき所にもあらざりけれで、やはり、つらいと思って過ごしていた。
ば※4、なほ、憂しと思ひつつなむありける。
翌年の一月、梅の咲き誇るころに、(男は)昨年を恋しく思って、(女が越す前にいた場所で)立って見て、座って見て、(いっそう)見るけれど、
またの年の睦月に、梅の花の盛りに、去年を恋ひて行きて、立ちて見、居て見、見れど、昨年の(様子とは)似ているはずもない。ひたすら泣いて、がらんとした板の間に、月が傾くまで横になって、去
去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる☆5板敷に、月の傾くまで臥せりて、去年のことを思い出して詠んだ。
年を思ひ出でて詠める、
月は(昔のままでは)ないのでしょうか。春も昔のままではないのでしょうか。私だけは昔のままなのに。
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして
と詠んで、夜がほのぼのと明るくなるころに、泣きながら帰った。
と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
品詞分解
品詞分解についてはこちらをご覧ください。
和歌について
月やあらぬ/ 春や昔の 春ならぬ/
わが身一つは もとの身にして
【解釈】
月は(昔のままでは)ないのでしょうか。春も昔のままではないのでしょうか。私だけは昔のままなのに。
【修辞法】
〇初句・三句切れ
〇係り結び…「や~ぬ」。係助詞「や」が打消の助動詞「ず」にかかり、連体形「ぬ」になっている。
〇対句的表現…「月やあらぬ」と「春や昔の春ならぬ」
【単語】
〇係助詞「や」…これは疑問説と反語説があり、ここでは疑問とする。疑問とした場合、「月も春も変わってしまったのか」という意になる。一方で反語とした場合、「月も春も変わるはずがない」という意になり、歌意が(上の句、下の句を倒置させ)「(私だけがもとの身で)月や春だけが変わるというわけがないのに、すべてが違って見える」となる。
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