はじめに
【筆者】
未詳
【成立】
平安時代〔平安時代は794~1185年ごろ〕
【ジャンル】
歌物語
【特徴】
歌とそれにまつわる話を交えて書かれる歌物語。全125段からなる。多くの段で「むかし、男」の冒頭句からはじまる。その男は、実在した在原業平がモデルではないかといわれている。
ここでは和歌が三首出てきます。そこに含まれる修辞法についてよく理解していきましょう。
要約
幼少からの知り合いの男女は、大人になり、和歌のやりとりを経て結婚した。
そうして何年か経って、女の親は死に生活が苦しくなったので、男は他所に女を作り、出ていこうとしたのを、もとの女は嫌な顔をせず見送った。男は女の浮気心を疑い、出ていくふりをして、植え込みに隠れて見ていると、女は和歌を詠み、それを聞いた男は出ていくことをやめた。
解説
本文
昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
さて、この隣の男のもとより、かくなむ、
筒井つの(筒井筒)井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女、返し、
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき
など言ひ言ひて、ついに本意のごとくあひにけり。
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国、高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へる気色もなくて、出だしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ
と詠みけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
(注付)
昔、田舎わたらひ※1しける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれ☆1ども、聞かでなむありける☆2。
さて、この隣の男のもとより、かくなむ☆3、
筒井つの(筒井筒)※2井筒※3にかけしまろがたけ過ぎにけらしな☆4妹☆5見ざるまに
女、返し、
くらべこし☆6振り分け髪※4も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき☆7
など言ひ言ひて、ついに本意のごとくあひ☆8にけり。
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむ※5やは☆9とて、河内の国、高安の郡※6に、行き通ふ所出で来にけり。さりけれど、このもとの女、悪しと思へる気色☆10もなくて、出だしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむ☆11と思ひ疑ひて、前栽☆12の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔※7にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つ☆13白波たつた山※8夜半にや君がひとり越ゆらむ☆14
と詠みけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
補足・注
※1田舎わたらひ…田舎を移動して生計を立てる
※2筒井つの…筒井(井戸)の。「つ」は未詳。
※3井筒…(井戸の)囲い。
※4振り分け髪…子供の髪型。p17参考。
※5もろともにいふかひなくてあらむ… 当時は「通い婚」で、男が女の家に通う形式。その際、男の食事や着物は女の家が世話。また、このころは家柄や親の有無・役職も重要。だから親のいない女には、男の面倒をみる経済力や地位、後見はなく、この女と一緒にいても生活に困り、自分も女もどうしようもなくなってしまうと考えた。
※6河内の国、高安の郡… 現在の大阪府八尾市の地域。
※7往ぬる顔…行ってしまったふり。行った素振り。
※8たつた山…現在の奈良県西北部と大阪府南部の境にある山。大和の国と河内の国をつなぐ道。「たつ」は「立つ」と「竜」の掛詞。
重要単語・文法
☆1あはすれ…「あはす」。結婚させる。
☆2ける…係り結びの結びの語。
☆3かくなむ…結びの省略。「言ひおこせたる」など。
☆4けらしな…過去推量「けらし」+詠嘆の終助詞「な」
☆5妹…愛しいあなた(女性)を表す
☆6こし…「来し」。p17参考。
☆7べき…係り結びの結びの語。
☆8あひ…結婚する。
☆9やは…反語で訳出。文中の場合は係助詞で係り結び。文末では終助詞とする立場もある。
☆10気色…様子。
☆11あらむ…係り結びの結びの語。
☆12前栽…「せんざい」。植え込み。
☆13つ…上代(奈良時代以前)の格助詞。連体格用法の「の」で訳す。
☆14らむ…係り結びの結びの語。
現代語訳
(現代語訳のみ)
昔、田舎を移動して生計を立てていた人の子ども(二人)が、井戸の周りに出て遊んでいたが、大人になったので、男も女も恥ずかしがっていたけれど、男はこの女を(妻として)得ようと思う。女はこの男を(夫にしたい)と思いながら、親が(ほかの男と)結婚させようとするけれど、聞かないでいた。
さて(そうして)、この隣の男のもとから、このように(和歌がよこされた)
井戸(筒井)の囲い(井筒)と比べていた私の背丈も(囲いの高さを)すぎてしまったのですね。愛しいあなたを見ない(=あなたと会わないでいるうちに)間に。
女の返しは、
(あなたと長さを)比べてきた振り分け髪も肩を過ぎてしまった、あなた(のため)ではなくて誰(のためにこの髪を結い)上げるでしょうか、いやあなたしかいません。
など言い合って、ようやくかねてからの願いのように結婚した。
そうして、何年か経つころに、女は、親が亡くなり、生活のよりどころがなくなるにつれて(=生活が苦しくなるにつれて)、(男は)二人ともがともにどうしようもなくなっていられようか、いや、いられないと思って、河内の国の高安(現在の大阪府八尾市の地域)に、行き通う(女の)所ができた。しかし、このもとの女は、気に食わないと思っている様子もなくて、(男を)見送ったので、男は、(女に)浮気心があってこのような(様子なの)であろうかと思い疑って、植え込みの中に隠れて座り、河内へ行ったような素振りで(=行ったふりをして)見ると、この女は、とても念入りに化粧をして、外をぼんやり眺めて
風が吹くと沖の白波が立つ、その「立つ」というわけではないが、「たつ」という名を持つ竜田山を夜中にあなたが一人で越えているのでしょうか。
と詠んだのを(男は)聞いて、この上なくいとおしく思って、河内へも行かなくなってしまった。
(本文と現代語訳)
昔、田舎を移動して生計を立てていた人の子ども(二人)が、井戸の周りに出て遊んでいたが、大人になった
昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、おとなになりにけれので、男も女も恥ずかしがっていたけれど、男はこの女を(妻として)得ようと思う。女はこの男を(夫にしたい)と思い
ば、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ながら、親が(ほかの男と)結婚させようとするけれど、聞かないでいた。
ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
さて(そうして)、この隣の男のもとから、このように(和歌がよこされた)
さて、この隣の男のもとより、かくなむ、
井戸(筒井)の囲い(井筒)と比べていた私の背丈も(囲いの高さを)すぎてしまったのですね。愛しいあなたを見ない(=あなたと会わないでいるうちに)間に。
筒井つの(筒井筒)井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女の返しは、
女、返し、
(あなたと長さを)比べてきた振り分け髪も肩を過ぎてしまった、あなた(のため)ではなくて誰(のためにこの髪を結い)上げるでしょうか、いやあなたしかいません。
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき
など言い合って、ようやくかねてからの願いのように結婚した。
など言ひ言ひて、ついに本意のごとくあひにけり。
そうして、何年か経つころに、女は、親が亡くなり、生活のよりどころがなくなるにつれて(=生活が苦しくなるにつれて)、(男は)二人ともがともにどうしようもなくなって
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくて
いられようか、いや、いられないと思って、河内の国の高安(現在の大阪府八尾市の地域)に、行き通う(女の)所ができた。しかし、このもと
あらむやはとて、河内の国、高安の都に、行き通ふ所出で来にけり。さりけれど、このもとの女は、気に食わないと思っている様子もなくて、(男を)見送ったので、男は、(女に)浮気心があってこのような(様子なの)であろうか
の女、悪しと思へる気色もなくて、出だしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむと思い疑って、植え込みの中に隠れて座り、河内へ行ったような素振りで(=行ったふりをして)見ると、この女は、とても念入りに化粧をし
と思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、外をぼんやり眺めて
て、うちながめて、
風が吹くと沖の白波が立つ、その「立つ」というわけではないが、「たつ」という名を持つ竜田山を夜中にあなたが一人で越えているのでしょうか。
風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ
と詠んだのを(男は)聞いて、この上なくいとおしく思って、河内へも行かなくなってしまった。
と詠みけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
(本文と現代語訳(注付))
昔、田舎を移動して生計を立てていた人の子ども(二人)が、井戸の周りに出て遊んでいたが、大人になっ
昔、田舎わたらひ※1しける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、おとなになりにたので、男も女も恥ずかしがっていたけれど、男はこの女を(妻として)得ようと思う。女はこの男を(夫にしたい)
ければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思いながら、親が(ほかの男と)結婚させようとするけれど、聞かないでいた。
と思ひつつ、親のあはすれ☆1ども、聞かでなむありける☆2。
さて(そうして)、この隣の男のもとから、このように(和歌がよこされた)
さて、この隣の男のもとより、かくなむ☆3、
井戸(筒井)の囲い(井筒)と比べていた私の背丈も(囲いの高さを)すぎてしまったのですね。愛しいあなたを見ない(=あなたと会わないでいるうちに)間に。
筒井つの(筒井筒)※2井筒※3にかけしまろがたけ過ぎにけらしな☆4妹☆5見ざるまに
女の返しは、
女、返し、
(あなたと長さを)比べてきた振り分け髪も肩を過ぎてしまった、あなた(のため)ではなくて誰(のためにこの髪を結い)上げるでしょうか、いやあなたしかいません。
くらべこし☆6振り分け髪※4も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき☆7
など言い合って、ようやくかねてからの願いのように結婚した。
など言ひ言ひて、ついに本意のごとくあひ☆8にけり。
そうして、何年か経つころに、女は、親が亡くなり、生活のよりどころがなくなるにつれて(=生活が苦しくなるにつれて)、(男は)二人ともがともにどうしようもなくなって
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくて
いられようか、いや、いられないと思って、河内の国の高安(現在の大阪府八尾市の地域)に、行き通う(女の)所ができた。しかし、
あらむ※5やは☆9とて、河内の国、高安の都※6に、行き通ふ所出で来にけり。さりけれど、このもとの女は、気に食わないと思っている様子もなくて、(男を)見送ったので、男は、(女に)浮気心があってこの
このもとの女、悪しと思へる気色☆10もなくて、出だしやりければ、男、異心ありてかかような(様子なの)であろうかと思い疑って、植え込みの中に隠れて座り、河内へ行ったような素振りで(=行ったふりをして)見ると、
るにやあらむ☆11と思ひ疑ひて、前栽☆12の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔※7にて見れば、この女は、とても念入りに化粧をして、外をぼんやり眺めて
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風が吹くと沖の白波が立つ、その「立つ」というわけではないが、「たつ」という名を持つ竜田山を夜中にあなたが一人で越えているのでしょうか。
風吹けば沖つ☆13白波たつた山※8夜半にや君がひとり越ゆらむ☆14
と詠んだのを(男は)聞いて、この上なくいとおしく思って、河内へも行かなくなってしまった。と詠みけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
品詞分解
品詞分解はこちらをご覧ください。
和歌
筒井つの(筒井筒)井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
筒井つの(筒井筒)井筒にかけしまろがたけ
過ぎにけらしな/妹見ざるまに
【解釈】
井戸(筒井)の囲い(井筒)と比べていた私の背丈も(囲いの高さを)すぎてしまったのですね。愛しいあなたを見ない(=あなたと会わないでいるうちに)間に。
【修辞法】
〇四句切れ
〇倒置法…五句目とそれ以前
【語・文法】
〇筒井…筒状の井戸。
〇井筒…井戸の囲いの枠。
〇かく…はかりくらべる。
〇にけらしな…完了の助動詞「ぬ」連用形+過去推量「けらし」+詠嘆の終助詞「な」。
※「けらし」は過去の助動詞「けり」連体形+推定の助動詞「らし」の「けるらし」が変化した語といわれる。
〇妹…愛しいあなた。
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上(あ)ぐべき
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ/
君ならずしてたれか上ぐべき
【解釈】
(あなたと長さを)比べてきた振り分け髪も肩を過ぎてしまった、あなた(のため)ではなくて誰(のためにこの髪を結い)上げるでしょうか、いやあなたしかいません。
【修辞法】
〇三句切れ
〇係り結び…「か~べき」。ここでは反語。
【語・文法】
〇こし…「来し」のこと。通常、過去の助動詞「き」は連用形につくが、カ変とサ変には未然形につくことが多い。ここでも未然形につき「こし」と読む。「来し」を「きし」と読むのは「来し方」のとき。
〇振り分け髪…童男、童女の髪型。頭頂部から髪を左右に分けて垂らし、肩のあたりで切りそろえる。尼削ぎともいう。そして女性は13歳から16歳ごろに成人の儀として、垂らしていた前髪を結いあげる「髪上」をする。それが五句の「上ぐ」。
〇君ならずしてたれか…「あなたのためではなく、だれのために」の意。
風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ
風吹けば沖つ白波たつた山
夜半にや君がひとり越ゆらむ
【解釈】
風が吹くと沖の白波が立つ、その「立つ」というわけではないが、「たつ」という名を持つ竜田山を夜中にあなたが一人で越えているのでしょうか。
【修辞法】
〇掛詞…「たつ」が、波が「立つ」と「竜」田山をかける。
〇序詞…「風吹けば沖つ白波」が「たつ」を導く序詞。
※序詞がどこまでか判断する方法の一つとして、「掛詞の直前まで」という方法がある。ただし、掛詞があるからといって必ずその直前が序詞になるわけではない。
〇歌枕…「竜田山」は現在の奈良県西北部と大阪府南部の境にある山。大和の国と河内の国をつなぐ道。「竜田山」のように、よく和歌に詠まれる有名な地名を歌枕という。
〇係り結び…「や~らむ」。ここでは疑問。
【語・文法】
〇吹けば…已然形+「ば」。順接確定条件。
〇つ…上代(奈良時代以前)の格助詞。「~の」と訳す。
〇「らむ」…現在推量。係り結びの結びの語なので連体形。
コメント