【無料教材】『伊勢物語』「初冠」

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はじめに

【筆者】

未詳

【成立】

平安時代〔平安時代は794~1185年ごろ〕

【ジャンル】

歌物語

【特徴】

歌とそれにまつわる話を交えて書かれる歌物語。全125段からなる。多くの段で「むかし、男」の冒頭句からはじまる。その男は、実在した在原業平ありわらのなりひらがモデルではないかといわれている。



要約

昔、元服したばかりの男がいて、春日の里という古い都に狩りに行った。そこには、若く美しい姉妹がいて、男はそれを垣間見て恋惑った。そして男は着ていた忍摺りの狩衣の裾を破り、あなたたちを見てこの忍摺りの模様のように心が乱れましたという和歌を送った。この歌は、古歌を踏まえて詠まれたものであった。昔の人はこのように、恋心を趣向・即興性に優れた歌によって伝える「みやびな振る舞い」をした。

忍摺り・忍もぢ摺りとは?

忍摺り・忍もぢ摺りとはどのようなものでしょうか。

シノブの茎や葉の色素を布にすりつけて表したねじれたような模様。また、そのすり模様の衣服。昔、陸奥 (むつ) の国信夫 (しのぶ) 郡(福島県福島市)で産した。もじずり。しのぶもじずり。

デジタル大辞泉(小学館)https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E5%BF%8D%E6%91%BA%E3%82%8A/






解説

本文

昔、男、初冠(うひかうぶり)して、奈良の京、春日(かすが)の里に、()るよしして、狩りに往にけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣間見(かいまみ)てけり。思ほえず、古里(ふるさと)にいとはしたなくてありければ、心地(まど)ひにけり。男の、着たりける(かり)(ぎぬ)(すそ)を切りて、歌を書きて()る。その男、(しのぶ)()りの狩衣をなむ着たりける。

春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず

なむ、おひつきて言ひやりける。ついでおもしろきこととも思ひけむ。

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに

といふ歌の心ばへなり。昔人(むかしびと)は、かく、いちはやきみやびをなむしける。


〔注付〕

 昔、男※1初冠(うひかうぶり)※2して、奈良の京、春日(かすが)の里※3に、()☆1よしして、狩りに往にけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣間見(かいまみ)てけり。思ほえず☆2古里(ふるさと)※4にいとはしたなく☆3てありければ、心地(まど)ひにけり。男の、着たりける(かり)(ぎぬ)※5(すそ)を切りて、歌を書きて()る。その男、(しのぶ)()りの狩衣をなむ着たりける※6

春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ※7限り知られず

となむ、おひつきて※8言ひやりける。ついで☆4おもしろきことともや思ひけむ。

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに※9

といふ歌の心ばへ☆5なり。昔人(むかしびと)は、かく、いちはやきみやび※10をなむしける。




補足・注

※1男…在原業平。

※2初冠…元服。男性の場合十二~十五歳くらい。女性は十二~十四歳くらい。

※3春日なる里…奈良市春日野のあたり。

※4古里…かつて都のあった場所。

※5狩衣…もとは狩りの時の衣服。のちに普段着として定着する。

※6その男、~着たりけるいわゆる挿入句。歌の直前にあることから、歌を解釈するうえでここを踏まえないといけない。

※7しのぶの乱れ…「しのぶ」は「『忍』摺り」と「恋『偲ぶ』」の掛詞。なお、掛詞の前には序詞があるかもしれないので要確認。→「春日野の若紫の摺り衣」が序詞。

※8おいつきて…「追いつきて」と「老いづきて」の説があり、前者は「すぐに」、後者は「大人ぶって」のようになる。

※9陸奥の~我ならなくに…「忍もぢ摺り」は「忍摺り」に同じ。「陸奥の~誰ゆゑに」が序詞。「そめ」が「染め」と「初め」の掛詞。「そめ(染め)」が「忍もぢ摺り」の縁語。

※10いちはやきみやび…激しいまでの風流さ。

重要単語・文法

☆1領る…領有する。治める。

☆2思ほえず…意外に。思いもよらず。

☆3はしたなく…不似合い。(きまりが悪い。中途半端だ。)

☆4ついで…事の次第。(順序。機会。)

☆5心ばへ…趣向。(気遣い。)




現代語訳

 【現代語訳のみ】

 昔、男が元服して、奈良の京の、春日の里に領有している関係で、狩りに行った。その里に、とても美しい姉妹が住んでいた。この男は、のぞき見をした。意外にも、すさんだ京に全く不似合いであったので、(男の)心は混乱した。男が来ていた狩衣の裾を切って、歌を書いて(姉妹のもとに)送った。その男は、忍摺りの狩衣を着ていた。

  春日野の若い紫草で摺って染めた狩衣の忍摺り(=ねじれ乱れたような模様)のように、若く美しいお二人によって染められた私の心の乱れも限りをしりません。

と詠んで〔すぐに/大人ぶって〕送った。事のしだいを面白いことだと思ったのでしょうか。

  陸奥の忍もじ摺りのように、私の心は誰のせいで乱れ染められているのか(=始めているのか)、私のせいではないのに(=あなたのせいなのに)

という歌の趣向である。(在原業平のように)昔の人は、このような、(恋心を趣向・即興性に優れた歌によって伝える)激しい「みやびな振る舞い」をした。




【本文と現代語訳】

昔、男が元服して、奈良の京の、春日の里に領有している関係で、狩りに行った。その里に、

 昔、男、初冠(うひかうぶり)して、奈良の京、春日(かすが)の里に、()るよしして、狩りに往にけり。その里に、とても美しい姉妹が住んでいた。この男は、のぞき見をした。意外にも、すさんだ京に全く不似

いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣間見(かいまみ)てけり。思ほえず、古里(ふるさと)にいとはし合いであったので、(男の)心は混乱した。男が来ていた狩衣の裾を切って、歌を書いて(姉妹のもとに)送った。

たなくてありければ、心地(まど)ひにけり。男の、着たりける(かり)(ぎぬ)(すそ)を切りて、歌を書きて()その男は、忍摺りの狩衣を着ていた。

る。その男、(しのぶ)()りの狩衣をなむ着たりける。

春日野の若い紫草で摺って染めた狩衣の忍摺り(=ねじれ乱れたような模様)のように、若く美しいお二人によって染められた私の心の乱れも限りをしりません。

春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず

と詠んで〔すぐに/大人ぶって〕送った。事のしだいを面白いことだと思ったのでしょうか。

となむ、おひつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。

陸奥の忍もじ摺りのように、私の心は誰のせいで乱れ染められているのか(=始めているのか)、私のせいではないのに(=あなたのせいなのに)

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに

という歌の趣向である。(在原業平のように)昔の人は、このような、(恋心を趣向・即興性に優れた歌によって伝える)激しい「みやびな振る舞い」をした。

といふ歌の心ばへなり。昔人(むかしびと)は、かく、いちはやきみやびをなむしける。

【本文(注付)と現代語訳】

 昔、男が元服して、奈良の京の、春日の里に領有している関係で、狩りに行った。

昔、男※1初冠(うひかうぶり)※2して、奈良の京、春日(かすが)の里※3に、()☆1よしして、狩りに往にけり。その里に、とても美しい姉妹が住んでいた。この男は、のぞき見をした。意外にも、

その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣間見(かいまみ)てけり。思ほえず☆2すさんだ京に全く不似合いであったので、(男の)心は混乱した。男が来ていた狩衣の裾

古里(ふるさと)※4にいとはしたなく☆3てありければ、心地(まど)ひにけり。男の、着たりける(かり)(ぎぬ)※5(すそ)を切って、歌を書いて(姉妹のもとに)送った。その男は、忍摺りの狩衣を着ていた。

を切りて、歌を書きて()る。その男、(しのぶ)()りの狩衣をなむ着たりける※6

春日野の若い紫草で摺って染めた狩衣の忍摺り(=ねじれ乱れたような模様)のように、若く美しいお二人によって染められた私の心の乱れも限りをしりません。

春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ※7限り知られず

と詠んで〔すぐに/大人ぶって〕送った。事のしだいを面白いことだと思ったのでしょうか。

となむ、おひつきて※8言ひやりける。ついで☆4おもしろきことともや思ひけむ。

陸奥の忍もじ摺りのように、私の心は誰のせいで乱れ染められているのか(=始めているのか)、私のせいではないのに(=あなたのせいなのに)

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに※9

という歌の趣向である。(在原業平のように)昔の人は、このような、(恋心を趣向・即興性に優れた歌によって伝える)激しい「みやびな振る舞い」をした。

といふ歌の心ばへ☆5なり。昔人(むかしびと)は、かく、いちはやきみやび※10をなむしける。

品詞分解

品詞分解についてはこちらをご覧ください。




和歌

春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず

春日野の若紫の摺り衣

しのぶの乱れ限り知られず

【解釈】

春日野の若い紫草で摺って染めた狩衣の忍摺り(=ねじれ乱れたような模様)のように、若く美しいお二人によって染められた私の心の乱れも限りをしりません。

【修辞法】

〇序詞…「春日野の若紫の摺り衣」

〇掛詞

「しのぶ」…「『忍』摺り」と「恋『偲ぶ』」の掛詞。

〇句切れなし

〇縁語…「若紫」は「春日野」の縁語

〇見立て…「若紫」を「姉妹」に見立てる

〇歌枕…「春日野」

(〇参考歌…「みちのくの~」)これを本歌取りとする説もあるが、あくまで筆者が推測している場面なのでここでは参考歌とする。

【単語・文法】

「知ら『れ』ず」…助動詞「る」が可能の意味になるのは、打消の助動詞を伴うとき。

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに

陸奥(みちのく)の忍もぢ摺りたれゆゑに

乱れそめにし/我ならなくに

【解釈】

陸奥の忍もじ摺りのように、私の心は誰のせいで乱れ染められているのか(=始めているのか)、私のせいではないのに(=あなたのせいなのに)

【修辞法】

〇序詞…「陸奥の忍もぢ摺り」

〇掛詞

「そめ」…「染め」と「初め」

〇四句切れ…三句目「誰ゆゑに」は本来「誰ゆゑにか」となるところ。「か」は疑問の係助詞なので、それの係る「し」は連体形。

〇倒置法…「我ならなくに」が意味上、「私のせいではないのに、そめられてしまった」となる。

〇縁語…「乱れ」「染め」は「もぢ摺り」の縁語。

【補足】

〇「なくに」…打消の助動詞「ず」の古い形の未然形「な」+接尾語「く」+助詞「に」




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