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【現古】敬意の方向

この記事は約8分で読めます。

はじめに

今回は敬語の方向について、

現代語と古文それぞれ丁寧に解説していきます。

はじめに敬語には三分類と五分類がありました。

三分類とは

尊敬語

謙譲語

丁寧語

のことです。

また五分類とは

尊敬語

謙譲語Ⅰ

謙譲語Ⅱ

丁寧語

美化語

です。

これらについてはこちらで詳しく説明しています。

今回は五分類で解説をしていきます。




概要

地の文では、書き手からの、

会話文では、話し手からの敬意です。

尊敬語は主語への敬意、

謙譲語Ⅰは対象への敬意、

謙譲語Ⅱ、丁寧語、美化語は

地の文であれば読み手、

会話文であれば聞き手に対する敬意です。

また、二重尊敬(最高敬語)や二方面の敬意もあります。

敬意の方向とは?

敬意の方向とは、

敬語を使用した際の、

使用者から被使用者への方向性のことです。

平たく言うと、

誰が誰に向けた敬意かということです。

例えば、

2人でやりとりをしているとします。

1人は生徒で、

もう1人はその生徒の先生です。

ここで

1.おはようございます

と挨拶がなされた場合、

「ございます」が丁寧語で、

生徒から先生への敬意となります。

この方向性のことを、

敬意の方向といいます。

これは現代文のテストではあまり見かけませんが、

古文のテストでは頻出かつ、

読解の基本になるものなので、

今回バッチリマスターしましょう!

敬意の方向

会話文と地の文

敬意の方向を考えるにあたり、

「会話文」「地の文」という言葉を確認します。

(生徒から先生への手紙で)

2.「先生は何とおっしゃっていたの?」と昨日母が申しました。

「『先生は何とおっしゃていたの?』」という部分は母のセリフです。

つまりこれは会話文といえます。

また、

「と昨日母が申しました。」はセリフではないので、

これをぶんといいます。

例文2には

「おっしゃっ」と「申しまし」という敬語があります。

敬意の出発点は

会話文では話し手であり、

地の文では書き手になります。

つまり、

「おっしゃって」は母からの敬意で、

「申しまし」は生徒からの敬意になります。

このように会話文と地の文では敬意の出発点が違うので気を付けましょう。




尊敬語

現代語

3.先生が私におっしゃる。

ここでは「おっしゃる」が尊敬語です。

尊敬語は主語に対する敬意です。(詳しくはこちら

ここでは「先生」です。

したがって、

会話文であれば、

話し手から主語へ、

地の文であれば、

書き手から主語への

敬意になります。

古文

(清少納言と中宮定子がいて)

4.「少納言よ。香炉かうろほうの雪いかならむ。」と仰せらるれば、

『枕草子』「雪のいと高う降りたるを」

古文も同様に主語に対する敬意です。

では、当然ここで主語を確認しますが、

4の例文では主語が省略されています。

この主語を考えるのが古文の醍醐味です。

ここからは古文単語の知識が前提になります。

おほす」は「おっしゃる」という意味で尊敬語です。

尊敬語は主語に対する敬意であると確認しました。

ということは、

「仰す」は主語の人物に対する敬意ということです。

『枕草子』は清少納言が書いた作品です。

下線部「仰す」は地の文であるため敬意の方向は

書き手(作者=清少納言)から「誰か」に向けての敬意です。

清少納言と中宮定子がいる場面で、

書き手が清少納言であるならば、

書き手(清少納言)からの敬意の方向は、

当然中宮定子に向けてです。

つまり、

「仰す」は清少納言から中宮定子での敬意といえます。

このような考え方は

古文読解における主語の判定に重要です。

具体的には

例文4の「仰す」は尊敬語で、

主語への敬意を表すことから、

主語は中宮定子であると判断できます。

このように、

主語が省略されている場合、

敬語の知識があれば、主語の判断が付きやすいです。

これは古文読解において必須です。

謙譲語Ⅰ

現代語

5.私が先生に申し上げる

ここでは「申し上げる」が尊敬語です。

尊敬語が主語に対する敬意なのに対して、

謙譲語は対象に対する敬意です。(詳しくはこちら

対象とは、動作の受け手のことで、

ここでは「先生」です。

したがって、

会話文であれば、

話し手から対象へ、

地の文であれば、

書き手から対象への

敬意になります。

古文

(中宮定子と清少納言のいる所へ)

6.中納言参り給ひて

『枕草子』「中納言参り給ひて」

古文も同様に対象に対する敬意を表します。

ここでは「参り」が謙譲語です。

「参る」は「参上する」という意味で、

身分の高い人物のもとへ行くことを表します。

この場面は、

清少納言と中宮定子のいる所へ、中納言がやってくるものです。

主語は中納言ですので、

参上される対象はもちろん中宮定子です。

6は地の文なので、敬意の方向は

書き手(清少納言)から対象(中宮定子)に対する敬意です。

結局は古文に関しても、

会話文であれば、

話し手から対象へ、

地の文であれば、

書き手から対象への

敬意になります。




謙譲語Ⅱ(丁重語)

現代語

謙譲語Ⅱは丁重語とも呼ばれ、謙譲語Ⅰとは異なるものです。

7.私が先生に申します。(謙譲語Ⅰ)

8.私はみかたんごと申します。(謙譲語Ⅱ)

7の「申します」は謙譲語Ⅰで、対象である先生に対する敬意です。

一方で、

8の「申します」は謙譲語Ⅱで、この言葉の聞き手・読み手に対する敬意です。

したがって、

会話文であれば、

話し手から聞き手へ、

地の文であれば、

書き手から読み手への

敬意になります。

古文

9.(鴨長明の師匠である俊恵が、鴨長明に)これをうちうちに申ししは、

『無名抄』「おもて歌のこと」

「申す」は謙譲語Ⅰであることがほとんどです。

謙譲語Ⅰである場合、対象への敬意です。

しかしこの「申す」は謙譲語Ⅱで、読み手・聞き手に対する敬意です。

その理由を考えてみましょう。

9の場面は、鴨長明の師匠である俊恵が、鴨長明に話をしている場面です。

つまり

「俊恵が鴨長明に申す」ということです。

この「申す」を、対象への敬意を表す謙譲語Ⅰであるとした場合、9は地の文であるため、

作者から鴨長明に対する敬意ということになります。

しかし、『無名抄』の作者こそが鴨長明です。

そうであれば、

鴨長明から鴨長明に対する敬意となってしますので、

謙譲語Ⅰでは明らかにおかしいです。

では、謙譲語Ⅱであればどうかというと、

謙譲語Ⅱは先述のとおり、聞き手・読み手に対する敬意です。

したがって、

ここは地の文であるため作者から読み手に対する敬意です。

このように古文においても謙譲語Ⅱは登場しますので、理解しておきたいです。

ただあまり頻出ではありません。

丁寧語

現代語

10.おはようございます

丁寧語は至極単純で、

会話文であれば、

話し手から聞き手へ、

地の文であれば、

書き手から読み手への

敬意になります。

古語

(隆家が中宮定子、清少納言とともにいて)

11.「隆家たかいえこそいみじき骨ははべれ。」

古文も現代語と同様に

会話文であれば、

話し手から聞き手へ、

地の文であれば、

書き手から読み手への

敬意になります。

ここは隆家が、中宮定子と清少納言のもとを訪ねた場面です。

11は隆家の発言です。また聞き手は中宮定子です。

したがって、

隆家から中宮定子への敬意です。

美化語

12.やすみなさい。

13.飯をたべる。

美化語とは、の下線部「お」や「ご」の接頭辞をつけたものです。

これらは、敬意を表す相手に関わる動作や事物につけられます。

12.だと「お」+「休みなさい」

13.だと「ご」+「飯」です。

そして、

美化語は、話し手・書き手から敬意を示す相手や、聞き手・読み手に対する敬意です。




二重尊敬(最高敬語)

(清少納言と中宮定子がいて)

4.「少納言よ。香炉かうろほうの雪いかならむ。」と仰せらるれば、

『枕草子』「雪のいと高う降りたるを」

例文4の「仰せらるれ」とありますが、

これは

尊敬の動詞「仰す」

尊敬の助動詞「らる」

です。

これは二重尊敬(最高敬語)といわれ、

天皇や中宮などに対する特別高い敬意です。

よって、ひとつの文章に、

二重敬語と、通常の敬語が交じっているとき、

主語は、

天皇や中宮などのとても身分の高い人物と、

それよりかは身分の劣る人物

というふうに異なる場合があります。

これも主語を判断する材料です。

二方面に対する敬意

14.(帝に)女御にょうご更衣かういあまたさぶらひ給ひける中に

『源氏物語』「光源氏の誕生」

(帝に女御、更衣がたくさんお仕え申し上げなさる中に)

14には「候ふ」「給ふ」の二つの敬語があります。

「候ふ」は謙譲語で「お仕え申しあげる」、

「給ふ」は尊敬語で「なさる」です。

これらはそれぞれ地の文なので、

作者から対象である帝へ、

作者から主語である女御・更衣への敬意です。

ここからわかるように、一つの文に敬語が二つあり、

方向の敬意を表すことがあります。

この場合は謙譲語+尊敬語の順位なります。

これも古文学習において非常に重要です。

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