はじめに
和歌には「枕詞」「序詞」「掛詞」「縁語」「体言止め」「本歌取り」などほかにも様々な修辞法があります。
先人たちはこれらを用い、たった三一字の中に自身の気持ちを込めたのです。
これらを知ることは和歌の解釈や当時を生きる詠者の思想の一端に迫ることになるのではないでしょうか。
今回は「枕詞」に言及します。
その中で、枕詞の由来に触れることがあります。
しかしその由来というものは、複数存在することもよくあります。
ですから、ここで紹介する由来もあくまで一例という視点で、
語呂合わせやイメージで覚えるような感覚で、楽しんでもらえたら幸いです。
概要
解説
枕詞とは
読みは「まくらことば」といいます。
主に5音から成ります。
働きは「ある特定の語を導く」というものです。
要は、
枕詞ごとに、その後ろに来る言葉が決まっているということです。
また普通は口語訳をしません。
たとえば
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 から紅に 水くくるとは
(百人一首:一七番 在原業平)
さまざまな不思議なことが起こったという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない。竜田川が(一面の紅葉が浮いて)真っ赤な紅色に、水をしぼり染めにしているとは。
ここでは枕詞が「ちはやぶる」になります。
先述したように
5音から成り、
「神」という特定の語を導いていて、
特に口語訳もしていません。
このようなものを「枕詞」といいます。
なぜ「神」を導くのか
では、ここで一つ疑問が湧きませんか。
「なせ、『ちはやぶる』は『神』を導くの?」と。
この疑問は「ちはやぶる」という枕詞だけではなく、
「たらちねの」しかり、
「あかねさす」しかり、
ほかの枕詞でも同様な疑問を持てると思います。
先述したようにやはりここには由来があります。
今回はその由来を考え、
枕詞をマスターしていきましょう。
ただし、あくまで諸説ある中の一説であり、
このプリントの内容は、
枕詞とそれによって導かれる語を覚えるためのヒント程度に思ってください。
なお、
枕詞は今回触れたもの以外にもあるので、
出会う度に調べるようにしてください。
また、
導かれる語に関しては、
あくまで一例ですので、
これもまた出てくる度に調べてください。
覚え方一覧
表と画像の両方で一覧を示します。
表
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枕詞 | 漢字 | 導く語 | 由来 |
あかねさす | 茜さす | 日・紫・照る・君 | 茜色がさして美しく照り輝くことから。 |
あきつしま/ あきづしま | 秋津洲/ 秋津島/ 蜻蛉洲 | 大和 | 「あきつしま」は大和国(日本)の別称であることから。なお、「あきつしま」の字に「蜻蛉(とんぼ)」があるのは、「秋津」がとんぼのことを指し、日本の連なる山々がトンボの交尾に見えたからという説話もある。 |
あさぢうの | 浅茅生の | 小野・己・野 | 茅(まばらに生えた、または丈の低い茅)の生えているところから。 |
あしひきの | 足ひきの | 山・峰 | 足を引きずって山などをのぼることから。山すそを引くの意味から。 |
あづさゆみ | 梓弓 | 引く・音・張る・末 | 梓で作られた弓の末(部位)に弦を張り、矢を番え、矢を引き、矢を放つと音が鳴ることから。 |
あまごろも | 雨衣 | みの(蓑) | 雨よけとして蓑を着ていたことから。 |
あまざかる | 天離る | 鄙・日・向かふ | 天遠く離れている地から。「鄙」は都から離れた遠い、卑しい地のこと。 |
あらたまの | 新玉の | 年・日・春 | 年などの初めということから。新春。新年。 |
あをによし | 青丹よし | 奈良・国内 | 顔料の青土の産地ということ。また青と丹(黄色がかかった赤色)の色で美しいことから。 |
いそのかみ | 石の上 | 古る・降る | 奈良の地名である石上のこと。ここに布留の地が属して「石の上布留」と呼ばれ、そこから同音の「古る(ふる)」「降る」などを導く。 |
いはばしる | 石走る | 垂水・滝・近江 | 動詞「いはばしる」の意味が「水しぶきを上げ岩の上を激しく流れる」というころから。 |
うつせみの | 空蝉の | 世・人・身・命 | 「空蝉」は蝉の抜け殻で、儚さの連想から。 |
からころも | 唐衣 | 着る・袖・裁つ | 中国風の衣装や美しい衣装のことから。中国から伝わった優れた品物を「唐○○」という。 |
くさまくら | 草枕 | 旅・露・結ぶ・仮・旅・旅寝 | 旅の野宿で、草を結んで枕を作ったことから。また、草に「露」がつくことから。 |
くれたけの | 呉竹の | 節・世・夜・伏し | 竹の節ということから。また、「よ」「ふし」の読みから同音の言葉も導く。 |
ささがにの/ささがねの | 細蟹の | 蜘蛛・雲 | 「細蟹」は蜘蛛の意味であるから。また、同音の「雲」「曇る」なども導く。 |
さざなみの | 細波の | 志賀・近江・寄る・夜 | 波は押し寄せることから。また、琵琶湖西沿岸一帯を「楽波(ささなみ)」ということから、地名「大津」「志賀」などを導き。また、「寄る」と同音の「夜」を導く。 |
しきしまの | 敷島の/ 磯城島の | 大和 | 奈良の地名である「磯城(しき)」のことで、大和の異名を指すから。また、「島を敷く」より、島国の日本列島を指すからとも。 |
しきたへの | 敷き妙の/ 敷き栲の | 床・枕・手枕・黒髪・衣・袖 | 「敷き妙・敷き栲」は寝具のことであることから。また枕に垂れかかる「黒髪」や、同じ繊維である「衣」「袖」なども導く。 |
しろたへの | 白妙の/ 白栲の | 衣・袖・紐・雲・雪 | 「白妙・白栲」は、白い布のことを意味することから、繊維のものや白いものを導く。 |
そらにみつ | 空に満つ | 大和 | もとは「そらみつ」。空に満ちるほどそびえたつ「山」ということから、「大和」を導くようになる。 |
たかさごの | 高砂の | 松・尾上 | 詳細は分からないが、兵庫県高砂市の高砂神社の松に「尾上の松」があり、「高砂」という曲に「尾上の松」と出てくる。 |
たまきはる | 魂極わる | 命・世・現・内 | 詳細は分からないが、「魂きわまる」で生まれてから死ぬまでの意で、「命」「世」「うち(現)」また、同音で「内」などにかかる。 |
たまづさの | 玉梓の | 使ひ・妹・人・言 | 手紙を梓の木に結び付けて使者に持たせ、妹(男性から見た愛しい人)のもとへ遣るという意味から。 |
たまのをの | 玉の緒の/ 魂の緒の | 長し・絶ゆ・乱れ・命・現し | 玉に通す緒(細い紐)を意味し、紐の長短や切れたり、乱れたりすることから。また、魂の緒から「命」「現し」を導く。 |
たまぼこの | 玉鉾の | 道・里 | 未詳。玉鉾とは「美しい矛・玉で飾った矛」という意味があるが、なぜ「道」「里」を導くのかは分かっていない。なお、「玉鉾の」が「道」を導くことから「玉鉾」には「道」という意味もある。 |
たらちねの | 垂乳根の | 親・母 | 未詳。一般的に「垂れた乳」ということで「母」「親」を導くといわれるが、この解釈は後世になりつけられたという説もあり、詳細不明。なお、「たらちね」を「母」と訳す場合もある。 |
ちはやぶる | 千早振る | 神・宇治・わが大君 | 動詞「ちはやぶ」の連体形で「荒々しい・猛々しい」の意味より、荒々しい神や荒々しい氏争いということで「神」や、「氏」と同音の「宇治」を導く。 |
とりがなく | 鳥が鳴く | 東 | (都より)東国の人の言葉は分かりにくく、鳥が鳴くようであることから。また、鳥が鳴くと東から日が昇ることから。 |
ぬばたまの/うばたまの | 烏羽玉の/ 射干玉の | 黒・夜・闇・月・夢・髪 | ヒオウギの実。実が丸くて黒いことから。 |
はるひの/ はるひを | 春日の/ 春日を | 春日 | 春が霞むという意味で、「かすむ」と同音を含む「かすが」を導く。 |
ひさかたの | 久方の/ 久堅の | 空・光・天・日・都 | 未詳。天を永遠に堅固なものであることや、天を遠いところのものとしたことから。また、都を天井の世界になぞらえ、永遠に栄えるものとしたためともいわれる。 |
みづどりの | 水鳥の | うき・立つ・青葉・鴨・加茂 | 水鳥の、水上での「浮き寝」、水辺から「飛び立つ」、「青い羽根」、というところから。また水鳥の代表的な「鴨」、(鴨と同音の)「加茂」を導く。 |
もののふの | 武士の | 八十・五十 | 武士の氏の数が多いことから「八十」「五十」を導く。また同音から「矢」を導く。さらに「氏」や同音である「宇治」も導く。 |
ももしきの | 百敷きの/ 百石城の | 大宮・うち | 「百石木」の変化した語であり、多くの石や木で造ってある物・城などの意味から。 |
やすみしし | 八隅知し/ 安見知し | わが大君・わご大君 | 国の隅々までお治めになっていらっしゃるという意味より。 |
わかくさの | 若草の | 妻・夫・妹・新・若 | 若草が柔らかく新鮮で、愛でるべきものであることから。 |
画像
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枕詞なのに枕詞ではない?
実は枕詞には、
よく枕詞として用いる語を、
枕詞として用いない場合があります。
例えば『義経記』に、
急げども 行きもやられず 草枕 静かになれし こころならひに
急いで逃げようにも行くことができない。旅寝を静かにするように、あなた(静御前)に慣れ親しんだ習慣で。
この歌では「草枕」が使われていますが、
「草枕」という語によって導かれる語が無いため、
これは枕詞でなく、
「旅」「旅寝」のような名詞として用いられています。
このように、導かれる語が無い場合、
よく枕詞として用いる語を、枕詞で用いない場合がありますので、注意してください。
形容詞の語幹用法「~を~み」
枕詞が理解できたら、
次は形容詞の語幹用法
「~を~み」
について確認しておきます。
これは和歌において使用されます。
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