はじめに
【筆者】
清少納言
【成立】
平安時代(1001年ごろにはほぼ完成していたか)
〔平安時代は794~1185年ごろ〕
【ジャンル】
随筆
【特徴】
平安時代中期に中宮定子に仕えた清少納言が書いた随筆。本来は「まくらそうし」と呼ばれる。『枕草子』は『源氏物語』の心情的な「もののあはれ」に対して、知性的な「をかし」の世界観を作った。前者は、見て聞いて感じたものをしみじみと思うような感覚で、後者は、感じたものを客観的に捉え表現するようなものと言われる。
要約
雪が降り積もる中、中宮定子の問いに、清少納言が当意即妙な返答をした。これに対し定子は満足し、他の女房も感心した。
解説
本文
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて炭櫃に火おこして、物語などして集まり候ふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、笑はせ給ふ。
人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり。」と言ふ。
【注付】
雪のいと高う①降りたるを②、例ならず③御格子④参り⑤て炭櫃⑥に火おこして、物語⑦などして集まり候ふに、「少納言⑧よ。香炉峰⑨の雪いかならむ。」と仰せらるれ⑩ば、御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、笑はせ給ふ⑪。
人々も「さること⑫は知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほこの宮の人にはさべき⑬なめり⑭。」と言ふ。
注・重要語彙・文法
①高う…ク活用形容詞「高し」の連用形「高く」のウ音便。
②を…接続助詞。順接とする立場と逆説とする立場がある。ここでは順接とする。普段、日中は御格子を上げているが、雪が降ったために、いつもと違い御格子を下げているという解釈。
③例ならず…いつもと違い
④御格子…格子を尊ぶ語。格子とは、細い角材を縦と横に組み合わせたもので、戸や窓にはめ、風雨を防ぐ。蔀。
⑤参り…「御格子参る」の形で、お上げする、お下げする。文脈により解釈する。ここではお下げする。
⑥炭櫃…火鉢。もしくは囲炉裏。
⑦物語…世間話。雑談。
⑧少納言…作者の清少納言。
⑨香炉峰…中国江西省北端にある山の峰。白居易の歌に「香炉峰雪撥簾看(香炉峰の雪は簾を撥げて看る)」とある。当然香炉峰は中宮定子のいる場所から見えるはずもない。しかしその様子を問うことで、この歌を踏まえて簾をかかげて外を見せよという投げかけをした。
⑩仰せらるれ…二重敬語。尊敬の下二段動詞「仰す」の未然形+尊敬の助動詞「らる」の已然形。二重敬語は、尊敬の語を重ねて使用する。天皇、皇后、中宮などの位の高い人や、その文章中での位の最も高い人などに用いられる。ここでは中宮定子に対する敬意。最高敬語とも。
⑪せ給ふ…二重敬語。尊敬の助動詞「せ」の連用形+尊敬の四段補助動詞「給ふ」の終止形。
⑫さること…そのようなこと。そのような事柄。ここでは、「香炉峰雪撥簾看(香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看(み)る)」とある白居易の歌のこと。
⑬さべき…そうであるべき。ふさわしい。ラ変動詞「さり」の連体形+当然の助動詞「べき」の連体形である、「さるべき」の撥音便「さんべき」の無表記化。
⑭なめり…であるようだ。断定の助動詞「なり」の連体形+推定の助動詞「めり」の終止形である、「なるめり」の撥音便「なんめり」の無表記化。
現代語訳
【現代語訳のみ】
雪がとても高く降り積もったので、いつもと違い御格子をお下げし申し上げて炭櫃に火をおこして、世間話などをして集まりお仕え申し上げていると、(定子様が)「清少納言よ。香炉峰の雪はどのようだろう。」とおっしゃるので、(私は)御格子を上げさせて、御簾を高く上げたので、(定子様は)笑いなさる。
(周りの)人々も「そのようなことは知っていて、(こういうときは)歌になど詠みはするけれど、(御簾を上げるのは)思いもよらなかった。(あなた=清少納言は)やはりこの宮の(お仕えする)人にふさわしいようだ。」と言う。
【本文と現代語訳】
雪がとても高く降り積もったので、いつもと違い御格子をお下げし申し上げて炭櫃に火をおこして、世間話などをして集まり
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて炭櫃に火おこして、物語などして集まり
お仕え申し上げていると、(定子様が)「清少納言よ。香炉峰の雪はどのようだろう。」とおっしゃるので、(私は)御格子を上げさせて、御簾
候ふに、「少納言よ。香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾
を高く上げたので、(定子様は)笑いなさる。
を高くあげたれば、笑はせ給ふ。
(周りの)人々も「そのようなことは知っていて、(こういうときは)歌になど詠みはするけれど、(御簾を上げるのは)思いもよらなかった。(あなた=清少納言は)やはりこの宮の(お仕えする)人
人々も「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほこの宮の人
にふさわしいようだ。」と言う。
にはさべきなめり。」と言ふ。
【本文(注付)と現代語訳】
雪がとても高く降り積もったので、いつもと違い御格子をお下げし申し上げて炭櫃に火をおこして、世間話などを
雪のいと高う①降りたるを②、例ならず③御格子④参り⑤て炭櫃⑥に火おこして、物語⑦など
して集まりお仕え申し上げていると、(定子様が)「清少納言よ。香炉峰の雪はどのようだろう。」とおっしゃるので、(私は)御格子を上
して集まり候ふに、「少納言⑧よ。香炉峰⑨の雪いかならむ。」と仰せらるれ⑩ば、御格子あ
げさせて、御簾を高く上げたので、(定子様は)笑いなさる。
げさせて、御簾を高くあげたれば、笑はせ給ふ⑪。
(周りの)人々も「そのようなことは知っていて、(こういうときは)歌になど詠みはするけれど、(御簾を上げるのは)思いもよらなかった。(あなた=清少納言は)やはりこの宮の
人々も「さること⑫は知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほこの宮の(お仕えする)人にふさわしいようだ。」と言う。
人にはさべき⑬なめり⑭。」と言ふ。
品詞分解
単語 | 品詞等 | |
雪 | 名詞 | |
の | 格助詞 | |
いと | 副詞 | |
高う | 形容詞・ク・連用形・ウ音便 | |
降り | 動詞・ラ四・連用形 | |
たる | 助動詞・存続・連体形 | |
を、 | 接続助詞 | |
例 | 名詞 | |
なら | 助動詞・断定・未然形 | |
ず | 助動詞・打消・連用形 | |
御格子 | 名詞 | |
参り | 動詞・ラ四・連用形・謙譲 | 作者→中宮 |
て | 接続助詞 | |
炭櫃 | 名詞 | |
に | 格助詞 | |
火 | 名詞 | |
おこし | 動詞・サ四・連用形 | |
て、 | 接続助詞 | |
物語 | 名詞 | |
など | 副助詞 | |
し | 動詞・サ変・連用形 | |
て | 接続助詞 | |
集まり | 動詞・ラ四・連用形 | |
候ふ | 動詞・ハ四・連体形・謙譲 | 作者→中宮 |
に、 | 接続助詞 | |
「少納言 | 名詞 | |
よ。 | 間投詞 | |
香炉峰 | 名詞 | |
の | 格助詞 | |
雪 | 名詞 | |
いかなら | 形容動詞・ナリ・未然形 | |
む。」 | 助動詞・推量・終止形 (連体形という説もある) | |
と | 格助詞 | |
仰せ | 動詞・サ下二・未然形・尊敬 | 作者→中宮 |
らるれ | 助動詞・尊敬・已然形 | 作者→中宮 |
ば、 | 接続助詞 | |
御格子 | 名詞 | |
あげ | 動詞・ガ下二・未然形 | |
させ | 助動詞・使役・連用形 | |
て、 | 接続助詞 | |
御簾 | 名詞 | |
を | 格助詞 | |
高く | 形容詞・ク・連用形 | |
あげ | 動詞・ガ下二・連用形 | |
たれ | 助動詞・完了・已然形 | |
ば、 | 接続助詞 | |
笑は | 動詞・ハ四・未然形 | |
せ | 助動詞・尊敬・連用形 | 作者→中宮 |
給ふ。 | 補助動詞・ハ四・終止形・尊敬 | 作者→中宮 |
人々 | 名詞 | |
も | 係助詞 | |
「さる | 連体詞 | |
こと | 名詞 | |
は | 係助詞 | |
知り、 | 動詞・ラ四・連用形 | |
歌 | 名詞 | |
など | 副助詞 | |
に | 格助詞 | |
さへ | 副助詞 | |
歌へ | 動詞・ハ四・已然形 | |
ど、 | 接続助詞 | |
思ひ | 動詞・ハ四・連用形 | |
こそ | 係助詞(係) | |
寄ら | 動詞・ラ四・未然形 | |
ざり | 助動詞・打消・連用形 | |
つれ。 | 助動詞・完了・已然形(結び) | |
なほ | 副詞 | |
こ | 名詞 | |
の | 格助詞 | |
宮 | 名詞 | |
の | 格助詞 | |
人 | 名詞 | |
に | 格助詞 | |
は | 係助詞 | |
さ | 動詞・ラ変「さり」・連体形(撥音便・無表記) | |
べき | 助動詞・当然・連体形 | |
な | 助動詞・断定・連体形 (撥音便・無表記) | |
めり。」 | 助動詞・推定・終止形 | |
と | 格助詞 | |
言ふ。 | 動詞・ハ四・終止形 |
おもしろみ
香炉峰とは
「香炉峰の雪いかならむ。」
(「香炉峰の雪はどのようだろう。」)
中宮定子が清少納言に投げかけた問です。
香炉峰とは、
中国江西省北端にある廬山の峰
のことです。
香炉峰と呼ばれる山は中国各地に香炉山 (北京市)など数々あるが(二つの峰の間の稜線がU字型で寺廟の入り口に置かれる「大香炉」の下部の形に似ている山をいうので)、廬山には香炉峰と呼ばれる峰が四座ある。廬山北部の東林寺のすぐ南に北香炉峰、廬山南部に秀峰寺(古名:開先寺)の後ろに南香炉峰、同北部の呉障嶺に小香炉峰、凌霄峰の南西に香炉峰である。このうち、南香炉峰が李白の詩「望廬山瀑布」にも詠まれた峰と一般にはされている。そのため、現在の中国で廬山の香炉峰はたいてい南を指す。
一方で北香炉峰が、白居易の詩の一節に「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」と詠まれて、清少納言の『枕草子』に引用されていて日本人にもおなじみの峰である。また、北香炉峰のそばには昔巨大な滝があったとされ、他の文化的伝統資料からも李白の詩の香炉峰もこちらであるとする説が日本にはある。
廬山 - Wikipedia
中宮定子の真意
香炉峰は中国にあるので、
当然、清少納言や定子からは見えません。
しかし、定子は見えるはずもないのに
「香炉峰はどうですか。」
と問いかけたのです。
この背景には白居易の歌の一説
香炉峰雪撥簾看
(香炉峰の雪は簾を撥げて看る)
というものがあります。
当時、
和歌の才能や、漢籍(漢文・漢詩)の教養は
高貴な女性であることの条件でした。
当然、中宮定子や清少納言、他の女房もこの歌を知っています。
それを踏まえ中宮定子は清少納言に
「香炉峰の雪いかならむ。」
と聞いたわけです。
通常であればここで、
この白居易の詩を踏まえて歌を詠みます。
古文では、
このような有名な歌や故事を踏まえて
歌を詠む、詠まされることはよくあります。
だからほかの女房たちも
歌などにさへ歌へど
((こういうときは)歌になど詠みはするけれど、)
と言っています。
ましてや本当に御簾を上げたことに関して
思ひこそ寄らざりつれ。
((御簾を上げるのは)思いもよらなかった。)
といい、思いもよらなかったと清少納言を評価しています。
清少納言も普通このような場合、
歌を詠むということは知っています。
しかし、
だからこそあえて清少納言は歌を詠みませんでした。
歌を詠まずに白居易の詩のように
簾を上げて外を見せたのです。
中宮定子が清少納言に要求していたのは
まさにこのことです。
そして、
中宮定子は清少納言が期待通りの行動をしてくれたから
笑はせ給ふ。
((定子様は)笑いなさる。)
とあるように満足し笑ったのです。
ここでは、
中宮定子の真意をくみ取れたのは清少納言だけでした。
それだけこの二人には深い気持ちがありました。
係り結びの法則
思ひこそ寄らざりつれ。
太字は係助詞・下線部は結びの語
ここには係り結びの法則が使われています。
こちらの記事に詳しく書いているので併せてご確認ください。
接続助詞「ば」
仰せらるれば、御格子あげさせて、御簾を高くあげたれば、笑はせ給ふ。
この部分に接続助詞「ば」が用いられています。
これがあると主語が変わることが多いです。

画像からわかるように
「ば」があると主語が変わっています。
こちらの記事に詳しく書いているので併せてご確認ください。
二重敬語(最高敬語)
仰せらるれ
尊敬の下二段動詞「仰す」の未然形+尊敬の助動詞「らる」の已然形
笑はせ給ふ
尊敬の助動詞「せ」の連用形+尊敬の四段補助動詞「給ふ」の終止形
この二か所において二重敬語(最高敬語)が見られます。
二重敬語とはその名の通り、
敬語、特に尊敬語を二つ重ねた敬語です。
二重敬語は、
天皇、皇后、中宮などの位の高い人や、その文章中での位の最も高い人などに用いられます。
ここでは中宮定子です。
この知識は、
主語が省略されやすい古文において有益です。
二重敬語が使われる動作は、
その作品中で位の高い人の動作です。
撥音便の無表記化「さべきなめり」
さべきなめり
(そうであるべきのようだ)
これは
①さべき
と
②なめり
に分解できます。
まず
①さべきについて
ラ変動詞「さり」の連体形
+
当然の助動詞「べき」の連体形」である、
「さるべき」の撥音便「さんべき」の無表記化
といえます。
読み方は「さんべき」です。
次に
②なめりについて
断定の助動詞「なり」の連体形
+
推定の助動詞「めり」の終止形である、
「なるめり」の撥音便「なんめり」の無表記化
といえます。
読み方は「なんめり」です。
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