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『無名抄』「深草のこと・おもて歌のこと・俊成自讃歌のこと」

この記事は約14分で読めます。

はじめに

【筆者】

鴨長明

【成立】

鎌倉時代(1211~1216年の間)

     〔鎌倉時代自体は1185~1333年〕

【ジャンル】

歌論書

【別タイトル】

「おもて歌のこと」「深草の里」「俊成自讃歌のこと」など

【特徴】

和歌・歌人・歌の心得などについて記している。

またこの「おもて歌のこと」は、鴨長明とその歌の師匠である俊恵が会話している場面で、前半と後半のニ段落に分けられる。

前半は、俊恵が俊成(五条三位入道)のもとを訪れた時のやりとりの回想である。誰が何を話しているかがわかりにくいので、敬語や会話内容から理解していく必要がある。

後半は、この回想を踏まえて、俊恵がどう思っているかを鴨長明に述べている場面である。

上記の【特徴】にあるように、だれが何を話しているかが大変わかりにくいので、敬語を中心に丁寧に確認していく必要があります。






概要

俊恵俊成のもとに訪れた際、俊成は「『夕されば…』が代表歌である」と言ったが、俊恵は後にこっそりと鴨長明に、「あの歌は三句目が残念だ。」と述べた。その折に、俊恵は鴨長明に「私の代表歌は『み吉野の…』である。後世の人のそう伝えてください。」と言った。

解説

本文

俊恵(しゅんゑ)曰はく、「五条三位(さんみの)入道のみもとにまうでたりしついでに、『御詠(ごえい)の中には、いづれをか優れたりと思ほす。人は、よそにて様々に定め侍れど、それをば用ゐ侍るべからず。まさしく承らん。』と聞こえしかば、

「夕されば野辺の秋風身に染みて鶉鳴くなり(ふか)(くさ)の里

これをなん、身にとりておもて歌と思ひ給ふる。』と言はれしを、俊恵また曰はく、『世にあまねく人の申し侍るには、

面影(おもかげ)に花の姿を先立てて幾重(いくへ)超え来ぬ峰の白雲

これを優れたるやうに申し侍るはいかに。』と聞こゆ。『いさ。よそにはさもや定め侍るらん、知り給へず。なほ自らは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』とぞ侍りし。」と語りて、これをうちうちに申ししは、「かの歌は、『身に染みて』と言ふ腰の句のいみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに身に染みけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にも侍れ。いみじく言ひもてゆきて、歌の(せん)とすべきふしをさはさはと言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬるなり。」とぞ。そのついでに、「我が歌の中に、

み吉野の山かき曇り雪降れば(ふもと)の里はうちしぐれつつ

これをなん、かの(たぐ)ひにせんと思ひ給ふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあらば、『かくこそいひしか。』と語り給へ。」とぞ。






(注付)

俊恵(しゅんゑ)※1曰はく、「五条三位(さんみの)入道※2のみもとにまうで☆1たりしついで☆2に、『御詠(ごえい)の中には、いづれをか優れたりと思ほす☆3。人は、よそにて様々に定め侍れど、それをば用ゐ侍るべからず。まさしく承ら☆4ん。』と聞こえ☆5しかば、

「夕されば野辺の秋風身に染みて鶉鳴くなり(ふか)(くさ)の里※3

これをなん、身にとりておもて歌と思ひ給ふる☆6。』と言はれしを、俊恵また曰はく、『世にあまねく☆7人の申し侍るには、

面影(おもかげ)に花の姿を先立てて幾重(いくへ)超え来ぬ峰の白雲※4

これを優れたるやうに申し侍るはいかに。』と聞こゆ。『いさ※5。よそにはさもや定め侍るらん☆8、知り給へ☆9ず。なほ自らは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』とぞ侍りし。」と語りて、これをうちうちに申しし☆10は、「かの歌は、『身に染みて』と言ふ腰の句※6のいみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気☆11を言ひ流して、ただそらに身に染みけんかしと思はせたるこそ、心にくく☆12も優にも侍れ。いみじく言ひもてゆきて※7、歌の(せん)※8とすべきふしをさはさはと☆13言ひ表したれば、むげに☆14こと浅くなりぬるなり。」とぞ☆15。そのついでに、「我が歌の中に、

み吉野の山かき曇り雪降れば(ふもと)の里はうちしぐれつつ※9

これをなん、かの(たぐ)ひにせんと思ひ給ふる☆16。もし世の末におぼつかなく☆17言ふ人もあらば、『かくこそいひしか。』と語り給へ。」とぞ☆18






補足・注

※1俊恵…歌人。鴨長明の歌の師。

※2入道…藤原俊成。「俊成」ともいう。

※3夕されば~…俊成が思う、自身の代表歌。夕方になると野辺の秋風が身に染みて、鶉が鳴いているようだ(鳴いているのが聞こえる)この深草(京都市伏見区の地名)の里では。

※4面影に~…世間の人が思う、俊成の代表歌。白雲に花の姿を想い馳せて、後を追い、幾重もの峰を越えて来た。

※5いさ…さあ。

※6腰の句…第三句

※7言ひもてゆきて…言い流す程度にして

※8歌の詮…中心になるところ。眼目

※9み吉野の~…俊恵が思う、自身の代表歌。「み吉野の」の「み」は美称。み吉野(奈良県吉野郡)の山が曇って雪が降ると麓の里ではしきりに(冷たく・さみしい)時雨が降る






重要単語・文法

☆1まうで…参上する。謙譲語「まうづ」の連用形。俊恵から俊成へ。

☆2ついで…ときに。折に。機会に。

☆3思ほす…尊敬語「思ほす」の連体形。俊恵から俊成へ。「いづれをか」の係助詞「か」の結びの語。

☆4承ら…お聞きする。謙譲語「承る」の未然形。俊恵から俊成へ。

☆5聞こえ…申し上げる。謙譲語「聞こゆ」の連用形。俊恵から俊成。

☆6給ふる~ております。下二段活用なので、謙譲語「給ふ」の連体形。俊成から俊恵。「これをなん」の係助詞「なん」の結びの語。

◎「給ふ」には四段活用と下二段活用がある。前者は尊敬語で、後者は謙譲語。

よく出題されるところでもあるので区別しておきましょう。

☆7あまねく…広く。

◎「普遍」はどちらも「(あまね)く」「(あまね)く」と読む。

☆8らん…現在推量の助動詞「らん(む)」の連体形。「よそにはさもや」の係助詞「や」の結びの語。

☆9給へ…下二段活用なので、謙譲語「給ふ」の未然形。俊成から俊恵。

☆10うちうちに申しし…「こっそりと申しました」。副詞「うちうちに」、動詞「申し」、助動詞「し」に分解。

◎「申す」は謙譲語であるが、ここは「鴨長明(書き手)→読者」への敬意。

「うちうちに申しし」は俊恵の行動なので、俊恵に対する敬意であるなら、そもそも尊敬語でなくてはならない。また、俊恵に「うちうちに申」されたのは、鴨長明なので、通常であれば謙譲語で、動作の受け手である鴨長明自身に対する敬意となる。しかしこれは適切ではない。

 実は、謙譲語は「謙譲語Ⅰ」と「謙譲語Ⅱ」に細別できる。Ⅰは、通常の、動作の受け手に対する敬意を表すものである。一方でⅡは、「私は〇〇と申します。」の「申します」のように、聞き手に対して敬意を払う丁寧語のような働きをする。このような性質を持つ謙譲語を「謙譲語Ⅱ」もしくは「丁重語」と呼ぶ。

☆11景気…情景。

☆12心にくし…奥ゆかしい。

☆13さはさはと…はっきりと。

☆14むげに…ひどく。

☆15とぞ…と言った。「とぞ」の下に「言ひける。」などが省略されている。

☆16給ふる…下二段活用なので、謙譲語「給ふ」の連体形。俊恵から鴨長明へ。「これをなん」の係助詞「なん(なむ)」の結びの語。

☆17おばつかなく…はっきりしない。よくわからない。気がかりだ。

☆18とぞ…と言った。「とぞ」の下に「言ひける。」などが省略されている





現代語訳

【現代語訳のみ】

(わたくし鴨長明の和歌の師である)俊恵が(わたくしに)いうことには、「五条三位入道(=藤原俊成)のお屋敷に参上したときに、(私が俊成に)『あなたの歌の中では、どの歌を優れているとお思いですか。ほかの人はさまざまに評定していますが、その意見を用いるべきではございません。まさに今お聞かせ願いたいと思う。』と申し上げたところ、

  夕方になると野辺の秋風が身に染みて、鶉が鳴いているようだ(鳴いているのが聞こえる)この深草(京都市伏見区の地名)の里では。

これを私の代表歌と思っております。」と(俊成が)言いなさったのを、わたくし俊恵が、また言ったことは、『世の中の広くの人々が申しますは、

  白雲に花の姿を想い馳せて、後を追い、幾重もの峰を越えて来た。

これを、優れているように申しますは、いかがでしょうか。』と申し上げると、(俊成は)『さあ、よそではそのように評定しているかもしれませんが、知ったことではございません。やはり、わたくし自らは、(「面影に」の歌は)先ほどの歌(夕されば)には、言い比べることはできない。』とございました。」と(俊恵がわたくし鴨長明に)に語って、このことを、こっそりと申したことは、「あの歌は『身に染みて』という三句がとても残念に思われる。これほどの歌は、情景を言い流す程度にして、ただ、それとなく身に染みたのだろうなぁと思わせることこそが、奥ゆかしくも優美でもあります。ひどく言葉で表現してしまって、歌の要にするべき部分を、はっきりと言い表しているので、ひどく歌の情趣が浅くなってしまった。」といって、その折に、「わたくし(俊恵)の歌の中では、

  み吉野(奈良県吉野郡)の山が曇って雪が降ると麓の里ではしきりに時雨が降る

この歌を、この類(代表歌)としようと思いまず。もし後の世に(俊恵の代表歌が)はっきりしないという人がいれば、『(俊恵)がこのように(み吉野の~と)言った。』と語りなされ。」と言った。





【本文と現代語訳】

(わたくし鴨長明の和歌の師である)俊恵が(わたくしに)いうことには、「五条三位入道(=藤原俊成)のお屋敷に参上したときに、(私が俊成に)『あなたの歌の中では、どの歌を

俊恵(しゅんゑ)曰はく、「五条三位(さんみの)入道のみもとにまうでたりしついでに、『御詠(ごえい)の中には、いづれを

優れているとお思いですか。ほかの人はさまざまに評定していますが、その意見を用いるべきではございません。まさに

か優れたりと思ほす。人は、よそにて様々に定め侍れど、それをば用ゐ侍るべからず。まさ

今お聞かせ願いたいと思う。』と申し上げたところ、

しく承らん。』と聞こえしかば、

夕方になると野辺の秋風が身に染みて、鶉が鳴いているようだ(鳴いているのが聞こえる)この深草(京都市伏見区の地名)の里では。

「夕されば野辺の秋風身に染みて鶉鳴くなり(ふか)(くさ)の里

これを私の代表歌と思っております。」と(俊成が)言いなさったのを、わたくし俊恵が、また言ったことは、『世の中の広

これをなん、身にとりておもて歌と思ひ給ふる。』と言はれしを、俊恵また曰はく、『世にあ

くの人々が申しますは、

まねく人の申し侍るには、

白雲に花の姿を想い馳せて、後を追い、幾重もの峰を越えて来た。

面影(おもかげ)に花の姿を先立てて幾重(いくへ)超え来ぬ峰の白雲

これを、優れているように申しますは、いかがでしょうか。』と申し上げると、(俊成は)『さあ、よそではそのように評定しているかもしれませんが、

これを優れたるやうに申し侍るはいかに。』と聞こゆ。『いさ。よそにはさもや定め侍るらん、

知ったことではございません。やはり、わたくし自らは、(「面影に」の歌は)先ほどの歌(夕されば)には、言い比べることはできない。』とございました。」と(俊恵がわたくし鴨長明に)に語って、このことを、

知り給へず。なほ自らは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』とぞ侍りし。」と語りて、これを

こっそりと申したことは、「あの歌は『身に染みて』という三句がとても残念に思われる。

うちうちに申ししは、「かの歌は、『身に染みて』と言ふ腰の句のいみじう無念におぼゆるな

これほどの歌は、情景を言い流す程度にして、ただ、それとなく身に染みたのだろうなぁと思わせる

り。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに身に染みけんかしと思はせた

ことこそが、奥ゆかしくも優美でもあります。ひどく言葉で表現してしまって、歌の要にするべき部分を、はっきり

るこそ、心にくくも優にも侍れ。いみじく言ひもてゆきて、歌の(せん)とすべきふしをさはさは

と言い表しているので、ひどく歌の情趣が浅くなってしまった。」といって、その折に、「わたくし(俊恵)の歌の中では、

と言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬるなり。」とぞ。そのついでに、「我が歌の中に、

み吉野(奈良県吉野郡)の山が曇って雪が降ると麓の里ではしきりに(冷たく・さみしい)時雨が降る

み吉野の山かき曇り雪降れば(ふもと)の里はうちしぐれつつ

この歌を、この類(代表歌)としようと思いまず。もし後の世に(俊恵の代表歌が)はっきりしないという人がいれば、

これをなん、かの(たぐ)ひにせんと思ひ給ふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあらば、『か

『(俊恵)がこのように(み吉野の~と)言った。』と語りなされ。」と言った。

くこそいひしか。』と語り給へ。」とぞ。





【本文と現代語訳(注付)】

(わたくし鴨長明の和歌の師である)俊恵が(わたくしに)いうことには、「五条三位入道(=藤原俊成)のお屋敷に参上したときに、(私が俊成に)『あなたの歌の中では、

俊恵(しゅんゑ)※1曰はく、「五条三位(さんみの)入道※2のみもとにまうで☆1たりしついで☆2に、『御詠(ごえい)の中に

どの歌を優れているとお思いですか。ほかの人はさまざまに評定していますが、その意見を用いる

は、いづれをか優れたりと思ほす☆3。人は、よそにて様々に定め侍れど、それをば用ゐ侍

べきではございません。まさに今お聞かせ願いたいと思う。』と申し上げたところ、

るべからず。まさしく承ら☆4ん。』と聞こえ☆5しかば、

夕方になると野辺の秋風が身に染みて、鶉が鳴いているようだ(鳴いているのが聞こえる)この深草(京都市伏見区の地名)の里では。

「夕されば野辺の秋風身に染みて鶉鳴くなり(ふか)(くさ)の里※3

これを私の代表歌と思っております。」と(俊成が)言いなさったのを、わたくし俊恵が、また言ったことは、『世の

これをなん、身にとりておもて歌と思ひ給ふる☆6。』と言はれしを、俊恵また曰はく、『世

中の広くの人々が申しますは、

にあまねく☆7人の申し侍るには、

白雲に花の姿を想い馳せて、後を追い、幾重もの峰を越えて来た。

面影(おもかげ)に花の姿を先立てて幾重(いくへ)超え来ぬ峰の白雲※4

これを、優れているように申しますは、いかがでしょうか。』と申し上げると、(俊成は)『さあ、よそではそのように評定している

これを優れたるやうに申し侍るはいかに。』と聞こゆ。『いさ※5。よそにはさもや定め侍る

かもしれませんが、知ったことではございません。やはり、わたくし自らは、(「面影に」の歌は)先ほどの歌(夕されば)には、言い比べることはできない。』とございました。」と(俊恵がわたくし鴨長明に)に語っ

らん☆8、知り給へ☆9ず。なほ自らは、先の歌には言ひ比ぶべからず。』とぞ侍りし。」と語

て、このことを、こっそりと申したことは、「あの歌は『身に染みて』という三句がとて

りて、これをうちうちに申しし☆10は、「かの歌は、『身に染みて』と言ふ腰の句※6のいみ

も残念に思われる。これほどの歌は、情景を言い流す程度にして、ただ、それとなく身

じう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気☆11を言ひ流して、ただそらに身

に染みたのだろうなぁと思わせることこそが、奥ゆかしくも優美でもあります。ひどく言葉で表現してしまって、

に染みけんかしと思はせたるこそ、心にくく☆12も優にも侍れ。いみじく言ひもてゆきて

歌の要にするべき部分を、はっきりと言い表しているので、ひどく歌の情趣が浅くなって

、歌の(せん)※8とすべきふしをさはさはと☆13言ひ表したれば、むげに☆14こと浅くなりぬる

しまった。」といって、その折に、「わたくし(俊恵)の歌の中では、

なり。」とぞ☆15。そのついでに、「我が歌の中に、

み吉野(奈良県吉野郡)の山が曇って雪が降ると麓の里ではしきりに(冷たく・さみしい)時雨が降る

み吉野の山かき曇り雪降れば(ふもと)の里はうちしぐれつつ※9

この歌を、この類(代表歌)としようと思いまず。もし後の世に(俊恵の代表歌が)はっきりしないという人がい

これをなん、かの(たぐ)ひにせんと思ひ給ふる☆16。もし世の末におぼつかなく☆17言ふ人もあ

れば、『(俊恵)がこのように(み吉野の~と)言った。』と語りなされ。」と言った。

らば、『かくこそいひしか。』と語り給へ。」とぞ☆18





品詞分解

品詞分解はこちらをご覧ください。

和歌

夕されば 野辺の秋風 身に染みて

     鶉鳴くなり/ 深草の里

【解釈】

 夕方になると野辺の秋風が身に染みて、鶉が鳴いているようだ(=鳴いているのが聞こえる)この深草(京都市伏見区の地名)の里では。

【修辞法】

〇四句切れ  〇倒置法…四句目と五句目  〇体言止め…「深草の里」

【歌について】

〇『千載和歌集』に入集。

『伊勢物語』の123段を踏まえた歌。以下は123段の要約。

男が深草に住む女に飽き、このような歌を詠んだ。

  何年も通って来たこの土地を(私が)出ていったとしたら、ますます(この深草の地は)野に覆われてしまうだろうか。

女の返歌は、

(ここが)野になれば、私は鶉となって泣いていよう。狩りだけにでもあなたがこないでしょうか、いや来るでしょうから。(=あなたがきっと来るでしょうから。)

男は感動して出ていく気がなくなった。





面影に 花の姿を 先立てて

    幾重越え来ぬ/ 峰の白雲

【解釈】

白雲に花の姿を想い馳せて、それに誘われるように後を追い、幾重もの峰を越えて来た。

【修辞法】

〇四句切れ 〇倒置法…四句目と五句目 〇体言止め

【歌について】〇『新勅撰和歌集』に入集。


み吉野の 山かき曇り 雪降れば

     麓の里は うちしぐれつつ

【解釈】

み吉野(奈良県吉野郡)の山が曇って雪が降ると、麓の里ではしきりに(冷たい・さみしい)時雨が降ることよなぁ。





【修辞法】

〇つつ止め…和歌の文末を「つつ」で止め、動作・作用の継続を詠嘆的に表す。

【歌について】〇『新古今和歌集』に入集。





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