はじめに
【作者】
未詳(六波羅二臈左衛門入道ともいわれている)
【成立】
鎌倉時代(1252年)〔鎌倉時代は1185~1333年〕
【ジャンル】
説話集(民間に伝わる話や物語のこと)
【別タイトル】
「大江山の歌」など
「大江山」は高校生の教科書にはほとんど載っており、文章の難易度はそれほど高くまりません。
ここでは和歌の修辞法である掛詞についてしっかりと学んでほしいと思います。
教員の方はコピペ等で教材づくりに有効活用してください。
概要
和泉式部が夫の保昌と丹後に下っていたときに、前夫との娘である小式部内侍が、京での歌合せに選ばれた。
京では、定頼中納言が、小式部内侍のいる局を通るときに、ちょっかいをかけたが、小式部内侍が即興で詠んだ歌に驚き、返答もせずに逃げて行った。
これより小式部内侍は歌詠みの世界で評判になった。
解説
本文
和泉式部、保昌が妻にて丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに、小式部内侍、歌詠みにとられて詠みけるを、定頼中納言たはぶれて、小式部内侍ありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。いかに心もとなく思すらむ。」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、御簾よりなからばかり出でて、わづかに直衣の袖をひかへて、
大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
と詠みかけけり。思はずに、あさましくて、「こはいかに。かかるようやはある。」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。小式部、これより歌詠みの世におぼえ出で来にけり。
これはうちまかせての理運のことなれども、かの卿の心には、これほどの歌、
ただいま詠み出だすべしとは知られざりけるにや。
【注付】
和泉式部※1、保昌※2が妻にて丹後※3に下りけるほどに、京に歌合※4ありけるに、小式部内侍※5、歌詠みにとられて詠みけるを、定頼中納言※6たはぶれて、小式部内侍ありけるに、「丹後へ遣はしける人は参り☆1たりや☆2。いかに☆3心もとなく☆4思す☆5らむ。」と言ひて、局※7の前を過ぎられけるを、御簾※8よりなからばかり出でて、わづかに直衣※9の袖をひかへて、
大江山※10いくの※11☆6の道の遠ければ☆7まだふみ☆8も見ず天の橋立※12
と詠みかけけり。思はずに、あさましく☆9て、「こはいかに。かかるようやは☆10ある。」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。小式部、これより歌詠みの世におぼえ☆11出で来にけり。
これはうちまかせての理運※13のことなれども、かの卿の心には、これほどの歌、
ただいま詠み出だすべしとは知られざりけるにや☆12。
注・補足
※1…平安時代の歌人で保昌の妻。『和泉式部日記』を書く。
なお前夫は橘道貞。
※2…藤原保昌。このころ丹後守であった。
※3…丹後の国。今の京都府の北部。
※4…歌人が左右に分かれ、歌を詠み優劣を競う催し。
※5…和泉式部と前夫である道貞のとの娘。
※6…藤原定頼。歌人。公任の子。
※7…女官の私室。
※8…御殿の簾。外から見えないようにする。
※9…男性貴族の平常服。
※10…今の京都府西北部にある山。
※11…今の京都府福知山市生野。。
※12…今の京都府宮津市にある日本三大名所。
※13…当然のこと。
重要単語・文法
☆1「参り」…「来」の謙譲語「参る」の連用形
☆2「や」…疑問の係助詞
☆3「いかに」…どのように。どれほど。
→係る語(ここでは「らむ」)は連体形になる
☆4「心もとなく」…待ち遠しい。じれったい。
☆5「思す」…「思ふ」の尊敬語
☆6「いくの」…「いくの」の「いく」は「生」と「行く」の掛詞
☆7「遠ければ」…已然形「遠けれ」+「ば」→順接確定条件
☆8「ふみ」…「ふみ」は「踏み」と「文」の掛詞
☆9「あさましく」…驚くほど。あきれる。
☆10「やは」…反語の係助詞。「やは」の形のときは反語になることが多い。
☆11「おぼえ」…評判。
☆12「にや」…断定「なり」の連用形+疑問の係助詞。「~であろうか」など訳す。→「にや」の後ろには「あらむ」などが省略されている。
現代語訳
【現代語訳のみ】
和泉式部が、保昌の妻として丹後に下っていたころに、京で歌合せがあった(のだが、その)とき、(和泉式部の娘の)小式部内侍が歌詠みに選ばれて詠んだところ、定頼中納言がふざけて、(局に)小式部内侍がいたときに、「(お母様に歌を詠んでもらうために)丹後へ遣わした人は参上しましたか(=帰ってきましたか)。(あなたはその手紙を)どれほど待ち遠しくお思いでしょう。」と言って、局の前を通り過ぎなさったのを、(小式部内侍は)御簾から半ば身を乗り出して、すこし(定頼中納言の)直衣の袖を引きとどめて、
大江山を超えて生野を通っていく道は遠いので、まだ天の橋立へ踏み入ってみたこともありませんし、母からの文も見ていません。
と詠みかけた。(定頼中納言は)意外なことで驚いて、「これはどういうことでしょうか。このようなことがあるのでしょうか、いやないでしょう。」とだけ言って、返歌もできずに、袖を引っ張って逃げなさった。小式部内侍はこのときより歌詠みの世界に評判が広まった。
このことは(小式部内侍にとっては)ありふれた当然なことなのですが、この定頼卿の心には、(小式部内侍が)これほどの歌を、即座に詠むことができるとはお分かりにならなかったのでしょうか。
【現代語訳と本文】
和泉式部が、保昌の妻として丹後に下っていたころに、京で歌合せがあった(のだが、その)とき、(和泉式部の娘の)小式部内侍が歌
和泉式部、保昌が妻にて丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに、小式部内侍、歌
詠みに選ばれて詠んだところ、定頼中納言がふざけて、(局に)小式部内侍がいたときに、「(お母様に歌を詠んでもらうために)丹後へ遣わ
詠みにとられて詠みけるを、定頼中納言たはぶれて、小式部内侍ありけるに、「丹後へ遣は
した人は参上しましたか(=帰ってきましたか)。(あなたはその手紙を)どれほど待ち遠しくお思いでしょう。」と言って、局の前を通り過ぎなさったのを、
しける人は参りたりや。いかに心もとなく思すらむ。」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、
(小式部内侍は)御簾から半ば身を乗り出して、すこし(定頼中納言の)直衣の袖を引きとどめて、
御簾よりなからばかり出でて、わづかに直衣の袖をひかへて、
大江山を超えて生野を通っていく道は遠いので、まだ天の橋立へ踏み入ってみたこともありませんし、母からの文も見ていません。
大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
と詠みかけた。(定頼中納言は)意外なことで驚いて、「これはどういうことでしょうか。このようなことがあるのでしょうか、いやないでしょう。」とだけ
と詠みかけけり。思はずに、あさましくて、「こはいかに。かかるようやはある。」とばかり言って、返歌もできずに、袖を引っ張って逃げなさった。小式部内侍はこのときより歌詠みの世界に
言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。小式部、これより歌詠みの世に
評判が広まった。
おぼえ出で来にけり。
このことは(小式部内侍にとっては)ありふれた当然なことなのですが、この定頼卿の心には、(小式部内侍が)これほどの歌を、
これはうちまかせての理運のことなれども、かの卿の心には、これほどの歌、
即座に詠むことができるとはお分かりにならなかったのでしょうか。
ただいま詠み出だすべしとは知られざりけるにや。
【現代語訳と本文(注付)】
和泉式部が、保昌の妻として丹後に下っていたころに、京で歌合せがあった(のだが、その)とき、
和泉式部※1、保昌※2が妻にて丹後※3に下りけるほどに、京に歌合※4ありけるに、
(和泉式部の娘の)小式部内侍が歌詠みに選ばれて詠んだところ、定頼中納言がふざけて、(局に)小式部内侍がい
小式部内侍※5、歌詠みにとられて詠みけるを、定頼中納言※6たはぶれて、小式部内侍あり
たときに、「(お母様に歌を詠んでもらうために)丹後へ遣わした人は参上しましたか(=帰ってきましたか)。(あなたはその手紙を)どれほど待ち遠しくお思いでしょう。」
けるに、「丹後へ遣はしける人は参り☆1たりや☆2。いかに☆3心もとなく☆4思す☆5らむ。」
と言って、局の前を通り過ぎなさったのを、(小式部内侍は)御簾から半ば身を乗り出して、すこし(定頼中納言の)直衣
と言ひて、局※7の前を過ぎられけるを、御簾※8よりなからばかり出でて、わづかに直衣
の袖を引きとどめて、
※9の袖をひかへて、
大江山を超えて生野を通っていく道は遠いので、まだ天の橋立へ踏み入ってみたこともありませんし、母からの文も見ていません。
大江山※10いくの※11☆6の道の遠ければ☆7まだふみ☆8も見ず天の橋立※12
と詠みかけた。(定頼中納言は)意外なことで驚いて、「これはどういうことでしょうか。このようなことがあるのでしょうか、いやないでしょう。」
と詠みかけけり。思はずに、あさましく☆9て、「こはいかに。かかるようやは☆10ある。」
とだけ言って、返歌もできずに、袖を引っ張って逃げなさった。小式部内侍はこのときより歌詠
とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。小式部、これより歌詠
みの世界に評判が広まった。
みの世におぼえ☆11出で来にけり。
このことは(小式部内侍にとっては)ありふれた当然なことなのですが、この定頼卿の心には、(小式部内侍が)これほどの歌を、
これはうちまかせての理運※13のことなれども、かの卿の心には、これほどの歌、
即座に詠むことができるとはお分かりにならなかったのでしょうか。
ただいま詠み出だすべしとは知られざりけるにや☆12。
品詞分解
和歌の修辞法
大江山 いくのの道の 遠ければ
まだふみも見ず/ 天の橋立
【解釈】
大江山を超えて生野を通っていく道は遠いので、まだ天の橋立へ踏み入ってみたこともありませんし、母からの文も見ていません。
【修辞法】
〇掛詞
「いくの」…地名の「生野」と「行く」
「ふみ」…「文」と「踏み」
〇四句切れ
〇倒置法…四句目と五句目が倒置
〇体言止め…「天の橋立」
〇縁語…「踏み」は「橋」の縁語
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