はじめに
【作者】
【成立】
平安時代(935年ごろ)
〔平安時代は794~1185年ごろ〕
【ジャンル】
日記文学
【別タイトル】
「門出」「馬のはなむけ」など
【『土佐日記』の特徴】
仮名文で書かれた最古の日記文学。女性に仮託して記している。(貫之自身を第三者の視点で書く。)
土佐守の任期が終わり、京への帰路、934年12月21日~935年2月16日までの55日間を記録する。
「門出・馬のはなむけ」はこちらです。
要約
京に戻ってきて家に帰ると、隣人に留守を頼んでいたはずだが、家は崩れ傷んで庭までも荒れている。庭の松は一部分なくなっている。しかしそこには小松が生えている。土佐で娘を亡くした紀貫之は、その松と自身の娘を重ね、亡き娘との別れを悲しんだ。
解説
本文
京に入り立ちてうれし。家に至りて門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ。聞きしよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり。中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。さるは便りごとにものも絶えず得させたり。今宵「かかること。」と声高にものも言はせず。いとはつらく見ゆれど、こころざしはせむとす。
さて池めいてくぼまり、水つける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ。かたへはなくなりにけり。今生ひたるぞ交じれる。大方のみな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女子のもろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人もみな、子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきにたへずして、ひそかに心知れる人と言へりける歌、
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
とぞ言へる。なほ飽かずやあらむ。またかくなむ。
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや
忘れがたく口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。
【注付】
京に入り立ちてうれし。家に至りて門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ①。聞きしよりもまして、言ふかひなく②ぞこぼれ破れたる③。家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり④。中垣⑤こそあれ⑥、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。さるは⑦便り⑧ごとにものも絶えず得させたり。今宵「かかること。」と声高にものも言はせず。いとはつらく見ゆれど、こころざし⑨はせむとす。
さて池めいてくぼまり、水つける所あり。ほとりに松もありき⑩。五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ⑪。かたへ⑫はなくなりにけり⑬。今生ひたるぞ交じれる⑭。大方のみな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ⑮。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女子⑯のもろともに帰らねば、いかがは悲しき⑰。船人⑱もみな、子たかりてののしる⑲。かかるうちに、なほ悲しきにたへずして、ひそかに心知れる人⑳と言へりける歌、
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ㉑
とぞ言へる㉒。なほ飽かずやあらむ㉓。またかくなむ㉔。
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや㉕忘れがたく口惜しき㉖こと多かれど、え尽くさず㉗。とまれかうまれ㉘、とく㉙破りてむ㉚。
注・重要語彙・文法
①見ゆ…(自然と)見える。もとは、マ上一「見」の未然形+自発・受身・可能の助動詞「ゆ」で、それが一語になった。助動詞「ゆ」は奈良時代ほどまで使われていた。
②言ふかひなく…言ってもしかたがない。ほかに、取るに足らない、無駄だなど。
③ぞ~たる…係り結びの法則。強意の係助詞「ぞ」は結びの語に連体形を要求する。そのため助動詞「たり」は連体形「たり」になる。
④けり…ここでは詠嘆。
⑤中垣…家の境にある垣根。
⑥中垣こそあれ、…中垣があるけれど。係り結びの逆説用法。通常、係助詞「こそ」は結びの語に已然形を要求し、文を終始させる。しかし、今回のように文が終始しない場合は逆説として解釈する。
⑦さるは…そうではあるが。逆説、補足、転換などを表す接続詞。もとはラ変動詞「さり」の連体形+係助詞「は」で、それが一語になった。
⑧便り…機会。ほかに、よりどころ、縁、都合のよいこと、手紙など。
⑨こころざし…お礼。ほかに、愛情、意向など。
⑩き…過去の助動詞「き」の終止形。過去の助動詞には「けり」と「き」がある。「けり」は、書き手や話し手が直接体験していない伝聞過去を表す傾向がある。それに対し「き」は、書き手や聞き手が直接体験した体験過去を表す傾向にある。
⑪千歳や過ぎにけむ…千年が過ぎたのでしょうか。疑問の係助詞「や」は結びの語に連体形を要求するので助動詞「けむ」は連体形。助動詞「けむ」は過去推量を表し、過去の事柄について推測することを表す。
⑫かたへ…一部分。片方。
⑬にけり…~ってしまった。完了の助動詞「ぬ」の連用形+過去の助動詞「けり」。なお、完了の助動詞「ぬ」「つ」は、過去の助動詞「き」「けり」を伴って、「にき」「にけり」「てき」「てけり」の形をとり、「~ってしまった」という訳になることが多い。
⑭ぞ~る…係り結びの法則。強意の係助詞「ぞ」は結びの語に連体形を要求する。そのため助動詞「り」は連体形「る」になる。
⑮ぞ~言ふ…係り結びの法則。強意の係助詞「ぞ」は結びの語に連体形を要求する。そのため動詞「言ふ」は連体形になる。
⑯女子…娘。この娘は、土佐に赴任する紀貫之たちと共に京から土佐に行き、紀貫之の赴任中に、亡くなっている。
⑰いかがは悲しき…どんなに悲しいことか。「いかが」はもともと「いかにか」であり、「か(傍線部)」が疑問の係助詞である。よって、結びの語に連体形を求める。だから「悲し」は連体形「悲しき」となる。
⑱船人…同じ船に乗り合わせた人。
⑲ののしる…大声で騒ぐ。ほかに、評判になる、勢力をふるうなど。
⑳心知れる人…気心知れる人のことで、ここでは妻のこと。
㉑ 生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ…(この家で)生まれた(我が子)も(土佐で亡くなり、この家に)帰らないのに、我が家に小松(=生えたての松)があるのを見ることは悲しいことよ。紀貫之は赴任先の土佐で、共に京を発った娘を亡くしている。そのような中、家に帰ると家にあった松から小松(生えてきたばかりの松)が生えている。これを見て、娘を松に重ね、松は新しく芽吹いているにもかかわらず、自分の娘は亡くなっているということが、対比的に意識されてしまい悲しく感じている。
㉒ ぞ~る…係り結びの法則。強意の係助詞「ぞ」は結びの語に連体形を要求する。そのため助動詞「り」は連体形「る」になる。
㉓ 飽かずやあらむ…満足しない(=悲しさは尽きない)のでしょうか。「飽かず」で満足しないの意。ここでは、悲しみが尽きないことや、悲しみを言葉で言い表しきれていないということ。疑問の係助詞「や」は結びの語に連体形を要求するので助動詞「む」は連体形。
㉔ かくなむ…このように(詠む)。係助詞「なむ」の結びの語(ここでは「言へる」「ある」など)が省略されている。これを係り結びの省略という。
㉕ 見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや…亡くなった我が子が千年生える松のように生きるのを、(私たちが)見るとしたら、(遠い土佐で)永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、していないだろう。「見し人」とは、以前会った人と訳すことが多いが、ここでは亡くなった娘のこと。娘を松に重ね、娘が松のように長生きする姿を見られたら、永遠の悲しい別れをしなくても済んだと嘆いている。「ましか」は、事実に反する事柄を問題にする、反実仮想の助動詞「まし」の未然形である。この歌のように「…ましかば~まし」の形を取ると、「…としたら~だろうに」と訳す。ほかに「…(ま)せば~まし」も同様な意味を表す。また、「や」は反語ではあるが、係助詞説と終助詞説がある。
㉖ 口惜しき…残念だ。
㉗ え尽くさず…書き尽くせない。副詞「え」は、打消しの表現(ここでは「ず」)を伴って、不可能の意を表し、「~できない」と訳す。
㉘ とまれかうまれ…とにかく。「ともあれかくもあれ」の変化形「とまれかくまれ」のウ音便。「ともあれかくもあれ」は「tomoarekakumoare(ともあれかくもあれ)」で発音の都合上、「moa」が「ma」に変化し「tomarekakumare」となった。その後「ku」が「u」に変化した(=ウ音便化した)。
㉙ とく…はやく。
㉚ てむ…~てしまおう。強意(完了)の助動詞「つ」の未然形+意志の助動詞「む」。ここの「てむ」のように「なむ」「つべし」「ぬべし」のとき、助動詞「つ」「ぬ」は強意であることが多い。また、完了「ぬ」が自然的・無意識的であるのに対し、完了「つ」は人為的・意識的であるといえる。ここには紀貫之の人に見せるほどの日記ではないという謙遜と、失った娘を思い出す契機になってしまうこの日記を破り去りたいという気持ちが込められていると考えられる。
現代語訳
【現代語訳のみ】
(土佐での任期を終え都に戻ってきて)京に立ち入ってうれしい。(自身の)家に着いて門を入ると、月が明るいので、とてもよく(家の)様子が見える。(話に)聞いていたよりもいっそう、言っても仕方のないほど(家は)崩れ壊れている。家を預けていた人の心も荒れているのだな。(預けた人の家と自分の家の間に)垣根はあるけれど、(その二つの家は)一つの家のようなので、(向こうが)望んで預かったのだ。とはいえ、機会のあるたびにお礼の品を絶えず与えた。(しかし)今夜は(従者に)「このようなこと(はどういうことだ)。」とは大声で言わせない。とても薄情に思われるけれど、(預かってくれた人に)お礼はしようと思う。
さて、池のようにくぼみ、水にたまっている所がある。その傍らに松もあった。五、六年のうちに、千年が過ぎたのでしょうか。(松の)一部分はなくなってしまった。今(新しく)生えている松が混じっている。ほとんどすべて荒れてしまっているので、「ああ。」と人々は言う。(これらを見て)思い出さないことはなく、恋しく思うことの中に、この家で生まれた女の子が一緒には(土佐から京に)帰らない(=亡くなった)ので、どんなに悲しいことか。同船した人たちもみんな、子供が集まり大声で騒いでいる。こうしているうちに、やはり悲しさに耐えられないで、ひっそりと気心知れる人(=妻)と詠んだ歌、
(この家で)生まれた(我が子)も(土佐で亡くなり、この家に)帰らないのに、我が家に小松(=生えたての松)があるのを見ることは悲しいことよ。
と言った。とはいえやはり満足しない(=悲しさは尽きない)のでしょうか。またこのように(詠む。)
亡くなった我が子が千年生える松のように生きるのを、(私たちが)見るとしたら、(遠い土佐で)永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、していないだろう。
忘れがたく残念なことが多いけれど、書き尽くせない。とにかく(この日記を)早く破り捨ててしまおう。
【本文と現代語訳】
(土佐での任期を終え都に戻ってきて)京に立ち入ってうれしい。(自身の)家に着いて門を入ると、月が明るいので、とてもよく(家の)様子が見える。
京に入り立ちてうれし。家に至りて門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ。
(話に)聞いていたよりもいっそう、言っても仕方のないほど(家は)崩れ壊れている。家を預けていた人の心も荒れ
聞きしよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も荒れ
ているのだな。(預けた人の家と自分の家の間に)垣根はあるけれど、(その二つの家は)一つの家のようなので、(向こうが)望んで預かったのだ。とはいえ、機
たるなりけり。中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。さるは便
会のあるたびにお礼の品を絶えず与えた。(しかし)今夜は(従者に)「このようなこと(はどういうことだ)。」とは大声で言わせない。とても
りごとにものも絶えず得させたり。今宵「かかること。」と声高にものも言はせず。いとは
薄情に思われるけれど、(預かってくれた人に)お礼はしようと思う。
つらく見ゆれど、こころざしはせむとす。
さて、池のようにくぼみ、水にたまっている所がある。その傍らに松もあった。五、六年のうちに、千年が
さて池めいてくぼまり、水つける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年
過ぎたのでしょうか。(松の)一部分はなくなってしまった。今(新しく)生えている松が混じっている。ほとんどすべて荒れて
や過ぎにけむ。かたへはなくなりにけり。今生ひたるぞ交じれる。大方のみな荒れに
しまっているので、「ああ。」と人々は言う。(これらを見て)思い出さないことはなく、恋しく思うことの中に、この家で
たれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家に
生まれた女の子が一緒には(土佐から京に)帰らない(=亡くなった)ので、どんなに悲しいことか。同船した人たちもみんな、子供が集まり大声で
て生まれし女子のもろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人もみな、子たかりてのの
騒いでいる。こうしているうちに、やはり悲しさに耐えられないで、ひっそりと気心知れる人(=妻)と詠んだ歌、
しる。かかるうちに、なほ悲しきにたへずして、ひそかに心知れる人と言へりける歌、
(この家で)生まれた(我が子)も(土佐で亡くなり、この家に)帰らないのに、我が家に小松(=生えたての松)があるのを見ることは悲しいことよ。
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
と言った。とはいえやはり満足しない(=悲しさは尽きない)のでしょうか。またこのように(詠む。)
とぞ言へる。なほ飽かずやあらむ。またかくなむ。
亡くなった我が子が千年生える松のように生きるのを、(私たちが)見るとしたら、(遠い土佐で)永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、していないだろう。
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや
忘れがたく残念なことが多いけれど、書き尽くせない。とにかく(この日記を)早く破り捨ててしまおう。
忘れがたく口惜しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。
【本文(注付)と現代語訳】
(土佐での任期を終え都に戻ってきて)京に立ち入ってうれしい。(自身の)家に着いて門を入ると、月が明るいので、とてもよく(家の)様子が見える。
京に入り立ちてうれし。家に至りて門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ①。
(話に)聞いていたよりもいっそう、言っても仕方のないほど(家は)崩れ壊れている。家を預けていた人の心も荒れ
聞きしよりもまして、言ふかひなく②ぞこぼれ破れたる③。家に預けたりつる人の心も荒れ
ているのだな。(預けた人の家と自分の家の間に)垣根はあるけれど、(その二つの家は)一つの家のようなので、(向こうが)望んで預かったのだ。とはいえ、機
たるなりけり④。中垣⑤こそあれ⑥、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。さるは⑦便
会のあるたびにお礼の品を絶えず与えた。(しかし)今夜は(従者に)「このようなこと(はどういうことだ)。」とは大声で言わせない。とても
り⑧ごとにものも絶えず得させたり。今宵「かかること。」と声高にものも言はせず。いとは
薄情に思われるけれど、(預かってくれた人に)お礼はしようと思う。
つらく見ゆれど、こころざし⑨はせむとす。
さて、池のようにくぼみ、水にたまっている所がある。その傍らに松もあった。五、六年のうちに、千年が
さて池めいてくぼまり、水つける所あり。ほとりに松もありき⑩。五年六年のうちに、千年過ぎたのでしょうか。(松の)一部分はなくなってしまった。今(新しく)生えている松が混じっている。ほとんどすべて荒れて
や過ぎにけむ⑪。かたへ⑫はなくなりにけり⑬。今生ひたるぞ交じれる⑭。大方のみな荒れにしまっているので、「ああ。」と人々は言う。(これらを見て)思い出さないことはなく、恋しく思うことの中に、この家で
たれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ⑮。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家に生まれた女の子が一緒には(土佐から京に)帰らない(=亡くなった)ので、どんなに悲しいことか。同船した人たちもみんな、子供が集まり大声で
て生まれし女子⑯のもろともに帰らねば、いかがは悲しき⑰。船人⑱もみな、子たかりてのの騒いでいる。こうしているうちに、やはり悲しさに耐えられないで、ひっそりと気心知れる人(=妻)と詠んだ歌、
しる⑲。かかるうちに、なほ悲しきにたへずして、ひそかに心知れる人⑳と言へりける歌、
(この家で)生まれた(我が子)も(土佐で亡くなり、この家に)帰らないのに、我が家に小松(=生えたての松)があるのを見ることは悲しいことよ。
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ㉑
と言った。とはいえやはり満足しない(=悲しさは尽きない)のでしょうか。またこのように(詠む。)
とぞ言へる㉒。なほ飽かずやあらむ㉓。またかくなむ㉔。
亡くなった我が子が千年生える松のように生きるのを、(私たちが)見るとしたら、(遠い土佐で)永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、していないだろう。
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや㉕
忘れがたく残念なことが多いけれど、書き尽くせない。とにかく(この日記を)早く破り捨ててしまおう。忘れがたく口惜しき㉖こと多かれど、え尽くさず㉗。とまれかうまれ㉘、とく㉙破りてむ㉚。
品詞分解
単語 | 品詞等 |
京 | 名詞 |
に | 格助詞 |
入り立ち | 動詞・タ四・連用形 |
て | 接続助詞 |
うれし。 | 形容詞・シク・終止形 |
家 | 名詞 |
に | 格助詞 |
至り | 動詞・ラ四・連用形 |
て | 接続助詞 |
門 | 名詞 |
に | 格助詞 |
入る | 動詞・ラ四・連体形 |
に、 | 接続助詞 |
月 | 名詞 |
明かけれ | 形容詞・ク・已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
いと | 副詞 |
よく | 形容詞・ク・連用形 |
ありさま | 名詞 |
見ゆ。 | 動詞・ヤ下二・終止形 |
聞き | 動詞・カ四・連用形 |
し | 助動詞・過去・連体形 |
より | 名詞 |
も | 係助詞 |
まし | 動詞・サ四・連用形 |
て、 | 接続助詞 |
言ふかひなく | 形容詞・ク・連用形 |
ぞ | 係助詞(係) |
こぼれ | 動詞・ヤ下二・連用形 |
破れ | 動詞・ヤ下二・連用形 |
たる。 | 助動詞・存続・連体形(結) |
家 | 名詞 |
に | 格助詞 |
預け | 動詞・カ下二・連用形 |
たり | 助動詞・存続・連用形 |
つる | 助動詞・完了・連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
心 | 名詞 |
も | 係助詞 |
荒れ | 動詞・ラ下二・連用形 |
たる | 助動詞・存続・連体形 |
なり | 助動詞・断定・連用形 |
けり。 | 助動詞・詠嘆・終止形 |
中垣 | 名詞 |
こそ | 係助詞(係) |
あれ、 | 動詞・ラ変・已然形(逆) |
一つ家 | 名詞 |
の | 格助詞 |
やうなれ | 助動詞・比況・已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
望み | 動詞・マ四・連用形 |
て | 接続助詞 |
預かれ | 動詞・ラ下二・連用形 |
る | 助動詞・完了・連体形 |
なり。 | 助動詞・断定・終止形 |
さるは | 接続詞 |
便りごと | 名詞 |
に | 格助詞 |
もの | 名詞 |
も | 係助詞 |
絶えず | 副詞 |
得 | 動詞・ア下二・未然形 |
させ | 助動詞・使役・連用形 |
たり。 | 助動詞・完了・連用形 |
今宵 | 名詞 |
「かかる | 動詞・ラ変・連体形 |
こと。」 | 名詞 |
と | 格助詞 |
声高に | 形容動詞・ナリ・連用形 |
もの | 名詞 |
も | 係助詞 |
言は | 動詞・ハ四・未然形 |
せ | 助動詞・使役・未然形 |
ず。 | 助動詞・打消・終止形 |
いと | 副詞 |
は | 係助詞 |
つらく | 形容詞・ク・連用形 |
見ゆれ | 動詞・ラ下二・已然形 |
ど、 | 接続助詞 |
こころざし | 名詞 |
は | 係助詞 |
せ | 動詞・サ変・未然形 |
む | 助動詞・意志・終止形 |
と | 格助詞 |
す。 | 動詞・サ変・終止形 |
さて | 接続詞 |
池めい | 動詞・カ四・連用形・イ音便 |
て | 接続助詞 |
くぼまり、 | 動詞・ラ四・連用形 |
水 | 名詞 |
つけ | 動詞・カ四・已然形 |
る | 助動詞・存続・連体形 |
所 | 名詞 |
あり。 | 動詞・ラ変・終止形 |
ほとり | 名詞 |
に | 格助詞 |
松 | 名詞 |
も | 係助詞 |
あり | 動詞・ラ変・連用形 |
き。 | 助動詞・過去・終止形 |
五年 | 名詞 |
六年 | 名詞 |
の | 格助詞 |
うち | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
千年 | 名詞 |
や | 係助詞(係) |
過ぎ | 動詞・ガ上二・連用形 |
に | 助動詞・完了・連用形 |
けむ。 | 助動詞・過去推量・連体形 |
かたへ | 名詞 |
は | 係助詞 |
なくなり | 動詞・ラ四・連用形 |
に | 助動詞・完了・連用形 |
けり。 | 助動詞・過去・終止形 |
今 | 副詞 |
生ひ | 動詞・ハ上二・連用形 |
たる | 助動詞・存続・連体形 |
ぞ | 格助詞 |
交じれ | 動詞・ラ四・已然形 |
る。 | 助動詞・存続・連体形 |
大方 | 名詞 |
の | 格助詞 |
みな | 副詞 |
荒れ | 動詞・ラ下二・連用形 |
に | 助動詞・完了・連用形 |
たれ | 助動詞・存続・已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
「あはれ。」 | 感動詞 |
と | 格助詞 |
ぞ | 係助詞(係) |
人々 | 名詞 |
言ふ。 | 動詞・ハ四・連体形(結) |
思ひ出で | 動詞・ダ下二・未然形 |
ぬ | 助動詞・打消・連体形 |
こと | 名詞 |
なく、 | 形容詞・ク・連用形 |
思ひ | 名詞説。四段動詞の連用形説。シク活用形容詞「思ひ恋し」の一部説がある。 |
恋しき | 形容詞・シク・連体形 |
が | 格助詞 |
うち | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
こ | 名詞 |
の | 格助詞 |
家 | 名詞 |
にて | 格助詞 |
生まれ | 動詞・ラ下二・連用形 |
し | 助動詞・過去・連体形 |
女子 | 名詞 |
の | 格助詞 |
もろともに | 副詞 |
帰ら | 動詞・ラ四・未然形 |
ね | 助動詞・打消・已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
いかが | 副詞(係) |
は | 係助詞 |
悲しき。※ | 形容詞・シク・連体形(結) |
船人 | 名詞 |
も | 係助詞 |
みな、 | 名詞 |
子 | 名詞 |
たかり | 動詞・ラ四・連用形 |
て | 接続助詞 |
ののしる。 | 動詞・ラ四・終止形 |
かかる | 動詞・ラ四・連体形 |
うち | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
なほ | 副詞 |
悲しき | 形容詞・シク・連体形 |
に | 格助詞 |
たへ | 動詞・ハ下二・未然形 |
ず | 助動詞・打消・連用形 |
して、 | 接続助詞 |
ひそかに | 形容動詞・ナリ・連用形 |
心 | 名詞 |
知れ | 動詞・ラ四・已然形 |
る | 助動詞・存続・連体形 |
人 | 名詞 |
と | 格助詞 |
言へ | 動詞・ハ四・已然形 |
り | 助動詞・完了・連用形 |
ける | 助動詞・過去・連体形 |
歌、 | 名詞 |
生まれ | 動詞・ラ下二・連用形 |
し | 助動詞・過去・連体形 |
も | 係助詞 |
帰ら | 動詞・ラ四・未然形 |
ぬ | 助動詞・打消・連体形 |
ものを | 接続助詞 |
わ | 名詞 |
が | 格助詞 |
宿 | 名詞 |
に | 格助詞 |
小松 | 名詞 |
の | 格助詞 |
ある | 動詞・ラ変・連体形 |
を | 格助詞 |
見る | 動詞・マ上一・連体形 |
が | 格助詞 |
悲しさ | 名詞 |
と | 格助詞 |
ぞ | 係助詞(係) |
言へ | 動詞・ハ四・已然形 |
る。 | 助動詞・完了・連体形 |
なほ | 副詞 |
飽か | 動詞・カ四・未然形 |
ず | 助動詞・打消・連用形 |
や | 係助詞(係) |
あら | 動詞・ラ変・未然形 |
む。 | 助動詞・推量・連体形(結) |
また | 副詞 |
かく | 副詞 |
なむ。 | 係助詞(省略) |
見 | 動詞・マ上一・連用形 |
し | 助動詞・過去・連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
松 | 名詞 |
の | 格助詞 |
千年 | 名詞 |
に | 格助詞 |
見 | 動詞・マ上一・未然形 |
ましか | 助動詞・反実仮想・未然形 |
ば | 接続助詞 |
遠く | 形容詞・ク・連用形 |
悲しき | 形容詞・シク・連体形 |
別れ | 名詞 |
せ | 動詞・サ変・未然形 |
まし | 助動詞・反実仮想・終止形 |
や | 係助詞説。終助詞説がある。 |
忘れがたく | 形容詞・ク・連用形 |
口惜しき | 形容詞・シク・連体形 |
こと | 名詞 |
多かれ | 形容詞・ク・已然形 |
ど、 | 接続助詞 |
え | 副詞 |
尽くさ | 動詞・サ四・未然形 |
ず。 | 助動詞・打消・終止形 |
とまれかうまれ、 | 連語 |
とく | 副詞(もと形容詞・ク・連用形) |
破り | 動詞・ラ四・連用形 |
て | 助動詞・強意・未然形 |
む。 | 助動詞・意志・終止形 |
和歌について
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
生まれしも 帰らぬものを わが宿に
小松のあるを 見るが悲しさ
(この家で)生まれた(我が子)も(土佐で亡くなり、この家に)帰らないのに、我が家に小松(=生えたての松)があるのを見ることは悲しいことよ。
紀貫之は赴任先の土佐で、
共に京を発った娘を亡くしている。
そのような中、
家に帰ると
家にあった松から
小松(生えてきたばかりの松)が生えている。
これを見て、
娘を松に重ね、
松は新しく芽吹いているにもかかわらず、
自分の娘は亡くなっているということが、
対比的に
意識されてしまい悲しく感じている。
見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや
見し人の 松の千年に 見ましかば
遠く悲しき 別れせましや
亡くなった我が子が千年生える松のように生きるのを、(私たちが)見るとしたら、(遠い土佐で)永遠の悲しい別れをしただろうか、いや、していないだろう。
「見し人」とは、
以前会った人と訳すことが多いが、
ここでは亡くなった娘のこと。
娘を松に重ね、
娘が松のように長生きする姿を見られたら、
永遠の悲しい別れをしなくても済んだと嘆いている。
歌中の「ましか」は、
事実に反する事柄を問題にする、
反実仮想の助動詞「まし」の未然形である。
この歌のように
「…ましかば~まし」の形を取ると、
「…としたら~だろうに」と訳す。
ほかに
「…(ま)せば~まし」も
同様な意味を表す。
また、
「や」は反語ではあるが、
係助詞説と終助詞説がある。
入試に活きる
見「ゆ」
「見ゆ」の意味は、
(自然と)見えるです。
もとは、
マ上一「見」の未然形
+
自発・受身・可能の助動詞「ゆ」で、
それが一語になったものです。
助動詞「ゆ」は奈良時代ほどまで使われていました。
ここでは「ゆ」は
自発で解釈できます。
ほかに
「聞こゆ」
「思ほゆ」
「思ゆ」
なども該当します。
係り結びの逆説用法
中垣こそあれ、
通常、
係助詞「こそ」は
結びの語に已然形を要求し、
文を終始させます。
しかし、
今回のように
文が終始しない場合は
逆説として解釈します。
こちらに例文を用い丁寧に解説しています。
助動詞「き」
過去の助動詞には
「けり」と「き」があります。
「けり」は、
書き手や話し手が直接体験していない伝聞過去を表す傾向があります。
それに対し
「き」は、
書き手や聞き手が直接体験した体験過去を表す傾向にあります。
にけり
「にけり」は
「~ってしまった。」
と多くは訳します。
完了の助動詞「ぬ」の連用形
+
過去の助動詞「けり」です。
なお、
完了の助動詞「ぬ」「つ」は、
過去の助動詞「き」「けり」を伴って、
「にき」
「にけり」
「てき」
「てけり」
の形をとり、
「~ってしまった」という訳になることが多いです。
いかがは
「いかが」はもともと
「いかにか」であり、
「か(下線部)」が疑問の係助詞です。
よって、
結びの語に連体形を求めます。
かくなむ
係助詞「なむ」の結びの語が省略されています。
これを係り結びの省略といいます。
ここでは「言へる」「ある」などが省略されていると考えられます。
こちらに例文を用い丁寧に解説しています。
え~ず
え尽くさず。
書き尽くすことができない。
副詞「え」は、
打消しの表現(ここでは「ず」)を伴って、
不可能の意を表し、
「~できない」と訳します。
てむ
「てむ」は
「~てしまおう。」と訳すことが多いです。
強意(完了)の助動詞「つ」の未然形
+
意志の助動詞「む」です。
ここの「てむ」のように
「なむ」(強意「ぬ」+意志「む」)
「つべし」(強意「つ」+推量「べし」)
「ぬべし」 (強意「ぬ」+推量「べし」)
のとき、
助動詞「つ」「ぬ」は強意であることが多いです。
また、
完了「ぬ」が
自然的・無意識的であるのに対し、
完了「つ」は
人為的・意識的であるといえます。
「帰京」では、
紀貫之の人に見せるほどの日記ではないという謙遜と、
失った娘を思い出す契機になってしまうこの日記を意図して破り去りたいという気持ちが込められていると考えられます。
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