はじめに
【筆者】
紫式部
【成立】
平安時代(起筆は1001~5年と考えられており、成立は未詳)
〔平安時代は794~1185年ごろ〕
【ジャンル】
物語
【別タイトル】
「光源氏の誕生」「光る君の誕生」など
【特徴】
『源氏物語』は全54帖。全3部で分けてみることができ、1部は光源氏の栄華、2部は光源氏の苦悩、3部は光源氏没後の、息子である薫大将を主人公とした物語が展開される。この場面は物語の始まりにあたる「桐壺」という巻の一部である。
この内容は基本的にすべての生徒が習うといっても過言ではないでしょう。
ただ、わりに苦手とする生徒も多いので丁寧に訳や文法を確認しておきましょう。
教員の方はコピペ等で教材づくりに有効活用してください。
概要
いつの帝の時代だったでしょうか、後宮に多くの女御や更衣が仕えていた中に、それほど高貴な身分ではないが、帝にとても寵愛されていた更衣(=桐壺の更衣)がいた。帝の寵愛ぶりは、周囲の反感や不満を買い、桐壺の更衣は病気がちになるが、かえって帝は寵愛した。桐壺の更衣は帝との子(=光源氏)をもうけた。帝は、別の女御(=弘徽殿の女御)との第一皇子がいたが、桐壺の更衣との子をこの上なく大切にした。
解説
本文
いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。初めより、我はと思ひ上がり給へる御方々、めざましきものに貶めそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず。朝夕の宮仕えにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人の謗りをもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。上達部・上人などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。「唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれ。」と、やうやう、天の下にも、あぢきなう人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃のためしも引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて交じらひ給ふ。
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人のよしあるに、親うち具し、さしあたりて世におぼえはなやかなる御方々にもいたう劣らず、何ごとの儀式をももてなし給ひけれど、取り立てて、はかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほよりどころなく心細げなり。
前の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男皇子さへ生まれ給ひぬ。いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせてご覧ずるに、めづらかなる児の御容貌なり。一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲けの君と、世にもてかしづき聞こゆれど、この御匂ひには並び給ふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私ものに思ほしかしづき給ふことかぎりなし。(「桐壺」の巻)
(注付)
いづれの御時にか※1、女御、更衣※2あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき☆1際にはあらぬが、すぐれて時めき☆2給ふありけり。初めより、我はと思ひ上がり給へる御方々、めざましきもの☆3に貶めそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず※3。朝夕の宮仕えにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにや☆4ありけむ☆5、いと篤しく☆6なりゆき、もの心細げに里がちなる☆7を、いよいよ飽かずあはれなるものに思ほし☆8て、人の謗りをもえはばからせ給はず☆9、世のためし☆10にもなりぬべき御もてなし☆11なり。上達部・上人※4などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき☆12人の御おぼえなり。「唐土※5にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれ☆13。」と、やうやう、天の下※6にも、あぢきなう人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃のためし※7も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなき☆14こと多かれど、かたじけなき御心ばへ☆15のたぐひなきを頼みにて交じらひ給ふ。
父の大納言は亡くなりて、母北の方☆16なむ、いにしへの人のよし☆17あるに、親うち具し、さしあたりて世におぼえ☆18はなやかなる御方々にもいたう☆19劣らず、何ごとの儀式をももてなし給ひけれ☆20ど、取り立てて、はかばかしき後見☆21し☆22なければ、事ある時は、なほよりどころなく心細げなり。
前の世にも御契り☆23や深かりけむ☆24、世になく清らなる玉の男皇子さへ☆25生まれ給ひぬ。いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせてご覧ずるに、めづらかなる児の御容貌なり。一の皇子は、右大臣の女御※8の御腹にて、寄せ重く※9、疑ひなき儲けの君※10と、世にもてかしづき聞こゆれ☆26ど、この御匂ひ☆27には並び給ふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私もの※11に思ほしかしづき給ふことかぎりなし。(「桐壺」の巻)
補足・注
※1いづれの御時にか…いつの帝の御代でしょうか。「か」は疑問の係助詞。係る部分は直後に来るはずの「ありけむ」などだが省略されている。
※2女御…中宮(天皇の正妻)に次ぐ天皇の夫人。
更衣…女御に次ぐ天皇の夫人。
※3まして安からず…女御は十分に位が高いが、更衣たちやそれより位の低い者たちは、より出世したいと思っているので、更衣である桐壺の更衣だけが寵愛されるのが、いっそう恨んだ。
※4上達部…「公卿」(三位と四位の参議)
上人…「殿上人」(四位と五位で清涼殿の殿上の間に上がることを許された人。)
※5唐土…中国のこと
※6天の下…もともと「天」は神様・空・宇宙のことで、地上すべてを「天の下」という。それが転じて「天の下」が「世間」を指す。また、皇帝や帝を「天子」という。
※7楊貴妃のためし…中国の唐では、玄宗皇帝が楊貴妃を溺愛し、政治を疎かにし国が傾き、安史の乱を招いて唐が滅んだ例をいう。白居易の漢詩「長恨歌」が参考になる。
※8右大臣の女御…右大臣の娘の女御で、弘徽殿の女御という。
※9寄せ重く…後見の勢いが強く
※10儲けの君…皇太子(皇位を継承するべき皇子。東宮)
※11私もの…自分の大切なもの(私物)
重要単語・文法
☆1やむごとなき…高貴な
☆2時めき…寵愛を受ける
☆3めざましき…気に食わない
☆4にや…~だろうか。
◎断定の助動詞「なり」連用形+疑問の係助詞「や」。識別は頻出
☆5けむ…過去推量「けむ」連体形。「積もりにや」の係助詞「や」が係る結びの語。
☆6篤しく…病気がち
☆7里がちなる…実家に帰りがちになる
☆8思ほし…お思いになる。「思う」の尊敬語。四段動詞「思ほす」の連用形。
☆9え~ず…~できない。
◎呼応の副詞「え」は下に打消の語を伴う。
☆10世のためし…世間の語り草。先例。
☆11もてなし…待遇。振る舞う。もてはやす。処理する。
☆12まばゆき…見ていられない。まぶしい。美しい。恥ずかしい。
☆13けれ…過去の助動詞「けり」已然形。「起こりにこそ」の係助詞「こそ」が係る結びの語。
☆14はしたなき…ばつが悪い。中途半端。
☆15御心ばへ…帝のご配慮
☆16北の方…貴人の妻の敬称。
☆17よし…由緒。趣。風情。方法。理由。ゆかり。事情。
☆18おぼえ…評判。噂。寵愛を受ける。
☆19いたう…形容詞「いたく」連用形のウ音便。
☆20けれ…「母北の方なむ」の係助詞「なむ」の係る語。
◎本来は係り結びの結びの語で「ける」となるが、接続助詞「ど」なので、結びが流れている。ここまでは「母北の方」が主語。
☆21後見…(公的な)後見人。(私的な)後見人。
☆22し…強意の副助詞
☆23契り…宿縁(前世からの因縁)。約束。男女の仲。約束。
☆24けむ…過去推量の助動詞「けむ」連体形。「御契りや」の係助詞「や」が係る結びの語。
☆25さへ…添加の副助詞
☆26聞こゆれ…~し申し上げている。謙譲語。
☆27匂ひ…(色映えのある)美しさ。
現代語訳
【現代語訳のみ】
いつの帝の御時代であったでしょうか、女御や更衣がたくさんお仕えなさっていた中に、とても高貴な身分ではない方で、(桐壺帝により)格別に寵愛されなさった方(=桐壺の更衣)がいた。(宮仕えし始めた)はじめから、自分こそは(帝に寵愛されよう)と志を高く持ちなさっていた方々は、(桐壺の更衣を)気に食わないものとして蔑視し恨みなさった。(桐壺の更衣と)同じ身分の更衣やそれよりも下の身分の更衣たちは、まして心穏やかではない。朝夕の宮仕えに関連しても、(桐壺の更衣は、他の)人の心をとりわけ動揺させ、恨みを負った結果でしょうか、とても病気がちになっていき、心細そうに実家に帰りがちになるのを、(帝は)ますます物足りずいとおしくお思いになって、人々の非難を遠慮なさることができず、世間の語り草になるにきっと違いないご待遇である。上達部や殿上人なども気に入らなく目をそらし、とても見ていられないほどの帝のご寵愛ぶりである。「唐でも、このようなことが起こったからこそ、世の中が乱れ悪くなったのだ。」とだんだん、世間にも、どうしようもないと人の悩みの種になって、楊貴妃の先例も引き出してしまうに違いなくなっていき、とてもきまりの悪いことが多いけれど、(桐壺の更衣は)恐れ多い(帝の)ご愛情が例をみないほどなのを頼りにして宮仕えをしなさる。
(桐壺の更衣の)父である大納言は亡くなって、母は、古風な由緒ある人で親がそろっていて、当面の世間の評判は華々しい御方々にもそれほど劣らず、何かの儀式も行いなさったが、特別しっかりとした後見人がいないので、(桐壺の更衣は)有事の際は、やはり頼りどころがなく心細げである。
前世からのご宿縁も深かったのでしょうか、世にいないような美しい玉のような男の子までもお生まれになった。(帝は)はやく(会いたい)と待ち遠しくお思いになって、(桐壺の更衣たちを)急いで参内させてご覧になると、めったにない(ほど美しい)子どものご容貌である。第一皇子は、右大臣の女御の生みなさった子で、後見人の勢力があり、疑いようのなく皇太后になられる方と、世間で大切にし申し上げていたが、(その第一皇子は)この皇子(=光源氏)の美しさには及びなさるはずもなかったので、ほとんどの格別な思いで、この皇子(=光源氏)を、自分の大事ものとお思いになって大切にお育てになることが限りない。
【本文と現代語訳】
いつの帝の御時代であったでしょうか、女御や更衣がたくさんお仕えなさっていた中に、とても高貴な身分ではな
いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあら
い方で、(桐壺帝により)格別に寵愛されなさった方(=桐壺の更衣)がいた。(宮仕えし始めた)はじめから、自分こそは(帝に寵愛されよう)と志を高く持ちなさっていた方々は、(桐壺の更衣を)気に食わな
ぬが、すぐれて時めき給ふありけり。初めより、我はと思ひ上がり給へる御方々、めざまし
いものとして蔑視し恨みなさった。(桐壺の更衣と)同じ身分の更衣やそれよりも下の身分の更衣たちは、まして心穏やかではない。朝夕
きものに貶めそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず。朝夕
の宮仕えに関連しても、(桐壺の更衣は、他の)人の心をとりわけ動揺させ、恨みを負った結果でしょうか、とても病気がちになっ
の宮仕えにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくな
ていき、心細そうに実家に帰りがちになるのを、(帝は)ますます物足りずいとおしくお思いになって、人々の非難
りゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人の謗り
を遠慮なさることができず、世間の語り草になるにきっと違いないご待遇である。上達部や殿上人なども
をもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。上達部・上人なども
気に入らなく目をそらし、とても見ていられないほどの帝のご寵愛ぶりである。「唐でも、このようなことが起こった
あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。「唐土にも、かかる事の起こり
からこそ、世の中が乱れ悪くなったのだ。」とだんだん、世間にも、どうしようもないと人の悩みの種
にこそ、世も乱れ悪しかりけれ。」と、やうやう、天の下にも、あぢきなう人のもて悩みぐ
になって、楊貴妃の先例も引き出してしまうに違いなくなっていき、とてもきまりの悪いことが多いけれど、
さになりて、楊貴妃のためしも引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、
(桐壺の更衣は)恐れ多い(帝の)ご愛情が例をみないほどなのを頼りにして宮仕えをしなさる。
かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて交じらひ給ふ。
(桐壺の更衣の)父である大納言は亡くなって、母は、古風な由緒ある人で親がそろっていて、当面の
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人のよしあるに、親うち具し、さし
世間の評判は華々しい御方々にもそれほど劣らず、何かの儀式も行いなさっ
あたりて世におぼえはなやかなる御方々にもいたう劣らず、何ごとの儀式をももてなし給
たが、特別しっかりとした後見人がいないので、(桐壺の更衣は)有事の際は、やはり頼りどころがなく心
ひけれど、取り立てて、はかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほよりどころなく心
細げである。
細げなり。
前世からのご宿縁も深かったのでしょうか、世にいないような美しい玉のような男の子までもお生まれになった。(帝は)
前の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男皇子さへ生まれ給ひぬ。いつ
はやく(会いたい)と待ち遠しくお思いになって、(桐壺の更衣たちを)急いで参内させてご覧になると、めったにない(ほど美しい)子どものご容貌である。
しかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせてご覧ずるに、めづらかなる児の御容貌なり。一
第一皇子は、右大臣の女御の生みなさった子で、後見人の勢力があり、疑いようのなく皇太后になられる方と、世間で大切にし申し
の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲けの君と、世にもてかしづき聞
上げていたが、(その第一皇子は)この皇子(=光源氏)の美しさには及びなさるはずもなかったので、ほとんどの格別な思い
こゆれど、この御匂ひには並び給ふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひ
で、この皇子(=光源氏)を、自分の大事ものとお思いになって大切にお育てになることが限りない。
にて、この君をば、私ものに思ほしかしづき給ふことかぎりなし。(「桐壺」の巻)
【本文と現代語訳(注付)】
いつの帝の御時代であったでしょうか、女御や更衣がたくさんお仕えなさっていた中に、とても高貴な身分
いづれの御時にか※1、女御、更衣※2あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき☆1際
ではない方で、(桐壺帝により)格別に寵愛されなさった方(桐壺の更衣)がいた。(宮仕えし始めた)はじめから、自分こそは(寵愛されよう)と志を高く持ちなさっていた方々は、
にはあらぬが、すぐれて時めき☆2給ふありけり。初めより、我はと思ひ上がり給へる御方々、
(桐壺の更衣を)気に食わないものとして蔑視し恨みなさった。(桐壺の更衣と)同じ身分の更衣やそれよりも下の身分の更衣たちは、まして心穏
めざましきもの☆3に貶めそねみ給ふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安か
やかではない。朝夕の宮仕えに関連しても、(桐壺の更衣は、他の)人の心をとりわけ動揺させ、恨みを負った結果でしょ
らず※3。朝夕の宮仕えにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにや☆4ありけ
うか、とても病気がちになっていき、心細そうに実家に帰りがちになるのを、(帝は)ますます物足りずいとおしく
む☆5、いと篤しく☆6なりゆき、もの心細げに里がちなる☆7を、いよいよ飽かずあはれなる
お思いになって、人々の非難を遠慮なさることができず、世間の語り草になるにきっと違いない
ものに思ほし☆8て、人の謗りをもえはばからせ給はず☆9、世のためし☆10にもなりぬべき
ご待遇である。上達部や殿上人なども気に入らなく目をそらし、とても見ていられないほどの帝
御もてなし☆11なり。上達部・上人※4などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき☆12
のご寵愛ぶりである。「唐でも、このようなことが起こったからこそ、世の中が乱れ悪くなったのだ。」
人の御おぼえなり。「唐土※5にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれ☆13。」
とだんだん、世間にも、どうしようもないと人の悩みの種になって、楊貴妃の先例
と、やうやう、天の下※6にも、あぢきなう人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃のためし※7
も引き出してしまうに違いなくなっていき、とてもきまりの悪いことが多いけれど、(桐壺の更衣は)恐れ多い(帝の)ご愛情
も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなき☆14こと多かれど、かたじけなき御心ばへ☆15
が例をみないほどなのを頼りにして宮仕えをしなさる。
のたぐひなきを頼みにて交じらひ給ふ。
(桐壺の更衣の)父である大納言は亡くなって、母は、古風な由緒ある人で親がそろってい
父の大納言は亡くなりて、母北の方☆16なむ、いにしへの人のよし☆17あるに、親うち具
て、当面の世間の評判は華々しい御方々にもそれほど劣らず、何かの儀式
し、さしあたりて世におぼえ☆18はなやかなる御方々にもいたう☆19劣らず、何ごとの儀式
も行いなさったが、特別しっかりとした後見人がいないので、(桐壺の更衣は)有事の
をももてなし給ひけれ☆20ど、取り立てて、はかばかしき後見☆21し☆22なければ、事ある
際は、やはり頼りどころがなく心細げである。
時は、なほよりどころなく心細げなり。
前世からのご宿縁も深かったのでしょうか、世にいないような美しい玉のような男の子までもお生ま
前の世にも御契り☆23や深かりけむ☆24、世になく清らなる玉の男皇子さへ☆25生まれ
れになった。(帝は)はやく(会いたい)と待ち遠しくお思いになって、(桐壺の更衣たちを)急いで参内させてご覧になると、めったにない(ほど美しい)子どもの
給ひぬ。いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせてご覧ずるに、めづらかなる児の御
ご容貌である。第一皇子は、右大臣の女御の生みなさった子で、後見人の勢力があり、疑いようのなく皇太后になられる方
容貌なり。一の皇子は、右大臣の女御※8の御腹にて、寄せ重く※9、疑ひなき儲けの君※10
と、世間で大切にし申し上げていたが、(その第一皇子は)この皇子(=光源氏)の美しさには及びなさるはずもなかったので、
と、世にもてかしづき聞こゆれ☆26ど、この御匂ひ☆27には並び給ふべくもあらざりければ、
ほとんどの格別な思いで、この皇子(=光源氏)を、自分の大事ものとお思いになって大切にお育てになることが
おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私もの※11に思ほ
限りない。
しかしづき給ふことかぎりなし。(「桐壺」の巻)
品詞分解
品詞分解はこちらをご覧ください。
結びの省略と結びの流れ
結びの省略
係り結びの法則についてですが、
係り結びの結びの語は、たびたび省略されます。
今回だと冒頭の
いづれの御時にか、
です。
ここでは疑問の係助詞「か」が使われていますが、その結びの語がありません。
なぜかというと、結びの語が省略されているからです。
この現象はたびたび見られます。
省略されていないものは、
いづれの御時にかありけむ、
などでしょう。
この場合「けむ」が結びの語になり、連体形になります。
結びの流れ
母北の方なむ、いにしへの人のよしあるに、親うち具し、さしあたりて世におぼえはなやかなる御方々にもいたう劣らず、何ごとの儀式をももてなし給ひけれど、取り立てて、はかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほよりどころなく心細げなり。
この係助詞「なむ」の結びの語はどこでしょうか。
答えは、どこにもない。です。。。
それは、結びの語が流れているからです。
「流れる」とは、普通「なむ」の係る語は連体形になりますが、接続助詞がつくなどで、連体形になっていないことです。
「なむ」のつく「母北の方」という主語の述語を考えると、現代語訳を参考にすると、「給ひけれど」までです。
ここには接続助詞「ど」があります。
これが原因で「流れている」のです。
「ど」がなければ、
「給ひける」となります。
しかしこれが「ど」により、流れているのです。
これを結びの流れ、消滅といいます。
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